詩素7号に詩「観音」掲載

   2020/10/27

洪水企画刊「詩素」7号巻頭に、 詩「観音」が掲載されました!


2019年11月1日発行の「詩素」7号。

この詩誌は、執筆者同士が作者名を伏せられた状態でお互いの原稿を読み、投票し合って3点前後の作品が巻頭に選ばれます。
今回は5名の方々に票をいただきまして、2度目の巻頭掲載(pp.8-9)を果たしました。
構想期間の長かった作品なので、なおさら嬉しく思います。ありがとうございました!

以下、アンケートで頂戴したご感想をご紹介します。

「長い年月と今ここの対比に伝わってくるものを感じます。ただ、ラスト四行の境地にはこちらは到底届きません」(八角正大さんより)

「『…聞き届けるのは/わたしのほうだ』これは、祈りに向かい、祈りを超えていく実践を言っているのでしょうか。いずれにしても、祈りと実践は相即しながらあり続けるような気がします。しかし、AI万能の時代、どうなるのでしょう。興味を感じるテーマです」(菅井敏文さんより)

「人は祈る存在でもあり祈られる存在でもあるということかと思います。そういう認識があっても修羅を彷徨う姿が現実なのでしょうか」(平野晴子さんより)

「名作ですね。”菩薩よ/祈っているのはあなたのほうだ” この真実に衝たれます」(山本萠さんより)

「彫り師が石や木、そのものが、こう彫ってと語りかけてくるというが…祈りは始まっていた、というの詩人の表現で、より深く理解できた気がする。ラスト2行に静かな驚きを覚えた」(山中真知子さんより)

特に最終4行は皆さんいろいろに解釈いただいたようで、そういう余白のある作品になったことに喜びを感じます。
菩薩の祈りを「わたし」が聞き届けるというのは、ややもすると不遜に読めてしまうかもしれませんが、1体の木彫りの仏像に向き合う1人の生身の人間の、素朴な述懐だと思っていただければ幸いです。

なお、巻末のレビューコーナー「端切れゔゅう」に、北海道の白老町で開催された木彫り熊展を訪ねた折の雑感を寄せております。
(原稿提出後に引っ越しをしまして、白老に住んで白老について書いたものとしては最後の文章になりました。)

定価は税込500円。よろしければ、お手に取っていただければ……と言いたいところですが、発行元ではもう品切れとのことで。
二条の手元には何冊か残部がありますので、ご興味のあるかたはご連絡ください。
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