「再び見えんことを」(ふたたびまみえんことを) 作・二条千河

                 

 

 

      登場人物

 

   ・孟獲(もうかく)

   ・孟優(もうゆう)−孟獲の弟

   ・祝融(しゅくゆう)−孟獲の妻

   ・蛮兵1、2、3、その他

   ・女兵1、2、3、その他

 

   ・孟節(もうせつ)−孟獲の兄

 

   ・漢将

   ・漢兵1、2、その他

 

   ・木鹿王(ぼくろくおう)−祝融の兄

   ・兀突骨(ごつとつこつ)−烏戈(うか)国王

   ・烏戈国人たち

 

   ・謀反人1、2、3 

 

 

 

      時 

 

    紀元三世紀

 

 

      所

 

    南蛮国(中国の南方の地域)

             


 ○ 序――西暦二三四年・秋 

 

      舞台は闇。

      やがて、孟獲の嗚咽が、徐々に大きくなって聞こえてくる。

      照明。舞台中央から袖にかけて、岩が積まれている。

      中央に孟獲、傍らに祝融が黙って座っている。

      孟節、孟獲を少し離れた位置から見ている。

      南蛮兵たち、周囲で泣いたり、孟獲や祝融の様子を見守るなどしている。

      遠くから足音が近づき、孟優が駆け込んでくる。

 

孟優       兄貴!

孟獲       ……。

孟優       兄貴。本当なのか。し、死んだって。まさか、何かの間違いだよな。な、兄貴? 兄……。

孟獲       ……。

孟優       姉貴。

祝融       ……。

孟優       (孟節を見る)

孟節       ……。

孟優       ……本当だったのか。

 

      間。孟獲はまだすすり泣いている。

 

孟優       でも、どうして。

孟節       敵国との戦でな……魏の国との戦いが長期に及んで、陣中で病を召されたそうだ。使者の話によると、軍の仕事に追われて睡眠も食事もろくにとられず、その無理がたたったのだろうということだ。

孟優       ……。

 

      間。

 

孟獲       馬鹿言え。

孟優       兄貴?

孟獲       死んでなんかいない。

孟節       孟獲。

孟獲       死んでたまるか。死ぬわけねえじゃねえか、あの人が。冗談もほどほどにしろっていうんだ。

孟節       孟獲、おまえの気持ちはわかるが……。

孟獲       黙れ! そんな馬鹿な話があるか。俺にはわかる。俺たちにはわかる。あんたと違って俺たちは戦ったんだからな。あの人が死ぬなんて、そんなことあるはずがねえんだ。そうだろう、孟優。……祝融ッ。

孟優       ……。

祝融       ……。

 

      孟獲、地を拳で叩いて黙り込む。

      突然、祝融が立ち上がり、無言のまま去っていく。

 

孟優       姉貴。

孟節       孟優、おまえはとりあえず帰れ。

孟優       え?

孟節     帰って旅の支度をしてくるんだ。行くだろう、おまえも丞相様の葬儀へ。

孟優     ……ああ。わかった。

孟節     おまえたちもだ。

 

      孟優、退場。

      南蛮兵たち、三々五々去っていく。

 

孟節     孟獲。

孟獲     ……。

孟節     もう九年になるな。覚えているか?

孟獲     ……。

孟節     春の終わりだったか、おまえが魏の国と同盟して漢との国境を侵したのは。馬鹿なことをしたものだな。だが、おまえがそうしなければ、今の南蛮国はなかった。私たちはあの方と出会えなかったかも知れない。

孟獲     ……。

孟節     確かおまえに内応して、国境付近の中国の役人が反乱を起こしたんだったな。それを鎮圧した後だったから、あの方がここへやってこられた頃には、もう夏にさしかかっていたか……。    

 

      戦の銅鑼、太鼓が鳴り響き、兵士たちの喚声が聞こえる。

      謀反人三人、逃げ込んでくる。

      漢兵たちが逆から登場、三人の行く手をふさぐ。

      後ろから追っ手の漢兵たち、漢将登場。

 

謀反人1 お、お待ちください、我々はその、もともとは反乱を起こす気など全くなかったのです。

謀反人2 そ、その通り、ほんの出来心で。

謀反人3 私だって、この二人に誘われさえしなければ……。

謀反人2 何を言う。自分一人だけ罪を免れるつもりか。

謀反人3 しかし本当のことだ。

謀反人1 卑怯者め!

 

      孟獲、ゆっくりと立ち上がり、後方へ下がって背を向けたまま立ち尽くす。

孟節、孟獲を見守る。

 

漢将     ええい黙れ! 見苦しいぞ、謀反人どもが。

謀反人1 お許しを、将軍。我々は決して、皇帝陛下にも諸葛丞相にも、不満があるわけではございません。

謀反人2 すべては南蛮大王の孟獲がそそのかしたことです。

漢将     奴の国境侵入に呼応する代わりに、領土を分け合うという約束だったそうだな。

謀反人2 それは……。

謀反人1 脅されたのです、あの野蛮人に、協力しないのなら我が国の民を皆殺しにすると。

謀反人2 そうです、これも陛下の国民のことを思えばこそ。

漢将     言い訳は丞相の前で申し上げるがよい。(漢兵たちに)連れていけ。

 

      まだ何か言い訳を続ける謀反人たちを連れて、漢兵たち、退場。

      漢将と漢兵1・2が残る。

 

漢将     これでこの反乱は鎮圧完了だな。

漢兵1    あの、将軍、噂は本当なのでしょうか、この後そのまま南蛮国へ遠征するというのは?

漢将     ……。

漢兵2    南蛮は暑い上、変な虫や動物がうようよいる、それに妙な病気があるというし……。

漢将     だから行きたくないとでも?

漢兵2    いえ、そのようなことは……しかし、我が国の柱とも言うべき諸葛孔明丞相が自らあのような僻地に平定に向かわれるというのは。

漢兵1    その噂ならば私も聞きました。丞相様が留守の間に、もしまた魏の国が攻めてき   でもしたら。

漢兵2    私が言うのも差し出がましいと思いますが、誰か有能な将軍に命じてお任せになれば済む問題では?

漢将     丞相のお考えはわからん。

漢兵1 それではやはり行くのですか!? 

漢将     (はっとして)……いや。陣に戻ろう、遅くなってはならぬからな。

漢兵2    将軍。

 

      漢将、退場。

 

漢兵1 南蛮大王孟獲か……。

漢兵2    中国全土が三つに分かれて争っているというこんな時に、まったく厄介なことをしてくれる。

 

      漢兵1・2、退場。

 

孟節       今から九年前、中国は漢の暦に従えば、建興三年の春の終わりの頃だった。

中国は三つの国に分かれている。そのうちの一つである漢の国は、その前の年に宿敵・魏との戦を終えたばかりでありながら、また新たな戦いの旅に出なければならなくなった。その原因を作ったのが彼――孟獲だった。

その年、この南蛮国の大王・孟獲は突然魏の国と同盟を結び、国境付近の役人たちに協力を求めて漢との国境を侵したのだった。南蛮国はそれまで毎年漢の国に貢ぎ物をしていたのだから、当然孟獲のこの行為は、漢から見れば謀反以外の何物でもなかった。

しかしその頃の南蛮国は勢いづいていた。中国人の役人や他の民族とのいさかいにおいては無敵だったし、何より野蛮人と呼ばれるだけのことはあって、南蛮兵は獰猛な者ばかりだ。王の孟獲も頭は弱いが戦には強い。恐れを知らぬ南蛮兵たちは毎日のように国境付近の村を襲い、略奪と殺戮を繰り返していた。

               

      孟節、孟獲を振り返る。

      孟獲は一人岩山の上に立ち尽くしている。

 

 

○ 一  

 

      そのまま時代は九年前に遡る。

      南蛮軍の砦。

 

孟獲     (突然大声で)ウオーッ!

南蛮兵たち (応えて)オオーッ!

 

      南蛮兵たち、岩陰などから飛び出してくる。

      孟獲、南蛮兵たち、大笑い。

 

蛮兵2 おい聞いたか。

女兵1 聞いた聞いた、情けないったらありゃしないね。

女兵2 だからあんな奴ら頼るこたあないって言ったのさ。

蛮兵2 やっぱり中国兵なんてのはたいしたことねえな。

蛮兵3 何の話だ?

蛮兵2 何だおまえ、知らなかったのか。

女兵2    あたしたちに協力して中国を裏切った役人どもが、あっという間に鎮圧されちまったのさ。

孟獲     まあハナッから中国兵なんざあてにしちゃいねえ。

蛮兵3 奴らはどう来るかな。

蛮兵2    聞いたところじゃ、反乱を鎮圧した後そのままこっちに向かってるって話だったな。

女兵2 今度は大軍らしいねえ。

孟獲     ふん、どれだけ人数を集めようと、中国の奴らなんか恐るるに足りん。大方この国の暑さにへたばって、すぐに尻尾巻いて退散するだろう。     

女兵1 そんなのつまんないよ。せっかく大暴れできるチャンスなのにさ。

蛮兵3 大王、そいつら蹴散らしに行きましょうぜ。

孟獲       まあ待て。今朝、血の気の多い奴らが早速冷やかしに行ったばかりだ。ひょっとしたら、なまっちょろい中国兵なんざもう皆殺しにしちまってるかも知れん。

 

      蛮兵1、登場。

 

蛮兵1 大王様。今朝出陣してった奴らが帰ってきました。

孟獲     (蛮兵3に)ほら見ろ。言った通りだろう。

蛮兵1 惨敗です。

孟獲     ……何だって?

蛮兵1 負けてみんな捕らえられたそうで。

蛮兵2 中国の弱虫どもを追い返してきたんじゃねえのか。

蛮兵1    それが、中国の奴らには登れなそうな険しい岩山の上に陣を張ったら、囲まれてりられなくなって、結局全員捕まっちまったって話です。

 

      南蛮兵たち、口々に嘲笑し、罵る。

      孟節、岩に腰かけるなどして様子を見ている。

 

女兵2 それでどうして帰ってこられたんだい?

蛮兵1 敵の軍の総大将が諸葛孔明とかいう奴で、そいつが許してくれたとか。

孟獲     コウメイ……どっかで聞いたな。

女兵3 あたい知ってますよ、漢の丞相の名前だ。

蛮兵3 何だそりゃあ?

女兵3    中国は三つの国に分かれてて、今この国に来てるのは、そん中でも蜀漢って国の奴らなんだ。そいで丞相ってのは、その国で皇帝の次に偉い人のことさ。

蛮兵3    へえ、そんなお偉いさんがわざわざ来てるのか。俺たち、結構注目されてんのかな。

孟獲     馬鹿、くだらねえこと言うな。

蛮兵1    捕らえられたってのも、そいつの作戦に引っかかっちまったからだそうです。俺もよくわからないけど。

蛮兵2 大王、やっぱり大王が出てって一泡ふかしてやんないと。

蛮兵3 俺たちみんなで蹴散らしてやりましょうよ。

女兵1 そうですよ、派手に暴れてきましょうよ。あたし最近腕がなまっちゃって。

孟獲     しょうがねえな。いっちょやるか!             

 

      歓声をあげる蛮兵、女兵たち。

 

孟獲     (女兵たちに)いや、おまえたちは留守番だ。

女兵1 えっ。

女兵2 何で?

孟獲     青白い顔した中国の奴らなんざ、たいしたことはねえ。ぞろぞろいたって邪魔なだけだからな。

女兵1 そんな。

蛮兵3 残念だったな。おとなしく帰りを待ってな。

女兵2 ずるいよ。大王、女だからって馬鹿にすると、祝融様に言いつけるからねッ。

孟獲     ははは、野郎ども、行くぞ!

 

      孟獲、蛮兵たち、意気揚々と立ち去ろうとする。

 

孟獲     あっ、まずい、隠れろ。

 

      孟獲、蛮兵たち、岩陰に隠れる。

      祝融、女兵3(告げ口に行っていた)を伴って登場。

 

女兵1 祝融様。

祝融     大王が中国兵どもを狩りに行くってのは本当かい。

女兵2 そうなんですよ、男衆だけ連れて、うちらを置いてくって言うんですよ。

祝融     このあたしに黙って。

女兵3 何とか言ってやってくださいよ。この前中国の村荒らしに行った時だって、あたいらに何にも知らせないで行っちまったし。

女兵2 そのくせあいつら、たいしたものも取らずに帰ってくるんだ。

祝融     あんたッ、出ておいで! まさかもう出かけちまったんじゃないだろうね。

女兵1 祝融様。(岩陰を指し示す)

 

      祝融、振り向く。

      岩陰から様子をうかがっていた男たち、慌てて頭を引っ込める。

 

祝融     ……ふうん。そうか。もう出かちけまったのか。そいつは仕方ないね。

女兵3 祝融様?

祝融     中国兵なんかあたしの相手じゃないさ。

女兵2 どういうことです?

祝融     そうか、大王はいないのか。残念だね、せっかく八納洞の木鹿王が極上の酒を送ってきたって言うのに。いないんなら仕方ないね。

男たち えっ!

 

      男たち、驚いて立ち上がる。

 

女兵1 極上の酒って!

祝融     飲んじまおうか、あたしらだけで。

女兵2 それがいい、そうしましょう。

蛮兵3 そんなぁ。

孟獲     おい、祝融、悪かった。おまえも連れてってやるから、な。

祝融     おや、あんたたち、何か聞こえたかい?

女兵3 いいえ、何にも。

女兵2 男衆は出かけちまったはずですもんね。

女兵1 空耳ですよ。さ、早く飲ませてくださいよ。

祝融     ははは、そうか、よし行こう。留守番の欝憤ばらしといこうじゃないか。

 

      女兵たち、祝融に続いて、歓声をあげながら飛び出していく。     

      男たち、慌てて岩陰から飛び出す。

 

蛮兵2 大王。

蛮兵3 あんまりですよ。

孟獲     あいつを怒らせたのはまずかった。

蛮兵1 (小声で)天下の大王様も祝融様には頭が上がんないんですね。

孟獲     仕方ない、とにかく出かけるぞ。

蛮兵3 でも極上の酒は。

蛮兵2    まあまあ、もしかしたら、祝融様のお情けで少しは残しといてくださるかも知れん。

蛮兵1 そうは思えないな。

孟獲     てめえら、過ぎたことをぐちぐち抜かすんじゃねえ。酒なんざ中国人から奪えばいい。

蛮兵3 でも……。

蛮兵2 そうだ、男がいつまでも細かいことにこだわるんじゃねえ。

孟獲     どうせ祝融がヘソを曲げたら何言ったって無駄なんだ。あきらめて青っちょろい中国兵どもに目にもの見せてやろうじゃねえか。え?

蛮兵たち おう!

孟獲     ようし。……にしても、極上の酒か……。

全員     畜生!

孟節     こうして若き南蛮国の大王・孟獲は、中国の南蛮征討軍を迎え討つため、南国の熱い日差しが照りつける戦場へと出陣していった。

 

      戦場。漢兵たちが登場、戦いが始まる。

      蛮兵たち、漢兵たちを次々と打ち倒し、暴れ回る。

 

孟獲     ははは、殺せ殺せ! 俺たち南蛮兵の力を思い知らせてやるんだ!

孟節     中国兵の鎧や武器は南蛮兵よりも格段優れているが、彼らは長旅と暑さで疲れ果てている。かたや南蛮軍は血気盛んであり、大王・孟獲自らが陣頭に立っていることもあって勢いづいている。戦況は圧倒的に南蛮軍が優勢だった。 

 

      孟獲、漢兵の一人を斬り倒して、岩の上に上る。

 

孟獲     へっ、丞相様だか何だか知らねえが、俺たちに勝てると思ったら大間違いだ。ざまあないぜ、中国の腰抜けどもめ!

蛮兵2 大王、奴ら、逃げ始めましたぜ。

孟獲     おう。

蛮兵3 追っかけましょう。

孟獲     ようし、てめえら、一人も生きて帰すな!

 

      蛮兵たち、喚声をあげる。

      孟獲、大笑いして岩から飛び降りる。

 

孟節     ところが。

 

      突然、周囲が静まり返る。

 

孟獲     何だ?

 

      漢兵たちの鬨の声。

 

蛮兵1 (上方を指差し)大王様! 伏兵です!

 

      蛮兵たち、口々に慌て騒ぐ。

      「うわあ、あんな所にも敵が!」「こっちもだ」

      「ああ、後ろにも……囲まれてる!」

 

孟獲     そんな馬鹿な……!

蛮兵3 大王! 

孟獲     とりあえず逃げるぞ。退け、退け!

 

      孟獲たちが逃げようとすると、漢兵たちがその前に立ちふさがる。

      逆方向からも漢兵たちが現れ、蛮兵たちを取り囲む。

      漢将、登場。

 

漢将     南蛮大王孟獲、もう逃げられんぞ。

孟獲     くそっ……。

 

      じりじりと漢兵たちが蛮兵たちに迫る。

      隙を見て逃げ出そうとする孟獲を、漢兵たちが取り押さえる。

 

孟節     南蛮兵は一人残らず捕らえられた。血の気の多い南蛮兵たちを不利な地形におびき寄せるために、中国軍はわざと負けたふりをして退却したのだ。斬り合うことしか戦う術を知らない孟獲は、まんまとその作戦に引っかかり、縛られて中国軍の陣営へ連れていかれた。                   

 

      漢将が前に出てくる。

      暴れる蛮兵たちを何とか座らせ、漢兵たちは下がって控える。

      中国軍陣営。

 

孟獲     くそ……。     

蛮兵3 俺たちどうなるのかなぁ。

蛮兵2 馬鹿、情けねえ声出すな。

漢将     ご覧の通りでございます。丞相、こやつらいかが致しましょうか。

孟節     丞相・諸葛孔明様は白い道衣をまとい、髪には頭巾、手には扇、およそ南蛮では見ることのできない落ち着いた出で立ちでたたずんでおられた。捕虜となった南蛮兵たちを前に、そのお顔には微笑みさえ浮かんでいたという。

漢将       ――承知しました。

蛮兵3 あ、あのう。

漢将     聞いての通りだ。丞相はおまえたちを許すとおっしゃっている。

孟獲     どういうこった。

漢将     もっともおまえは別だがな。

蛮兵2 ゆ、許すってことは……。

漢将     釈放だ。(漢兵に)連れていけ。

 

      漢兵数人、蛮兵たちを引き連れて退場。

 

漢将     して、こやつは。

孟節     孔明様はやはり微笑みながら、孟獲に対して親しげにお声をかけた。その声の調子は謀反人を尋問するというより、久しぶりに知り合いにでも会ったかのようだった。

漢将     孟獲、丞相のご質問に答えんか。

孟獲     ……けっ、偉そうにしやがって。俺が謀反を起こしただと? 笑わせるな、俺がいつおまえらの子分になった。国境を侵した? 何が悪い。おまえらの今住んでる土地だってもともとは俺たちのもんだったんだ。俺の土地だ。後から来たくせに謀反だの国境を侵しただの、ちゃんちゃらおかしくて笑いが止まらねえや、はっはっは。

漢将     貴様、丞相に向かってそのような口を……!

――(孔明に制されて)は、申し訳ありません。

孟獲       大体な、おまえらは何だ、中国全土を支配しているわけでもねえ、蜀漢とかいう国の下っ端どもだろうが。丞相だか何だか知らねえがな、皇帝でもないおまえにこの南蛮を代々治めてきた大王が頭なんか下げられるか。気高い王家の血に申し訳が立たねえってんだよ。

漢将     何が気高い王家の血だ。

孟獲     その点おまえらの敵の、何つったか、そう魏だ。あそこの皇帝は物分かりがいい。この俺に爵位を与えてよこすなんざ、俺の才能をよくも見抜いたもんだと思うぜ。おまえらの国は偉そうにふんぞり返ってるだけだ、同じ中国人でこうも違うもんかね。

漢将     奴らがおまえに爵位を与え反乱をそそのかしたのは、我が軍を疲れさせ隙を見て己れの野望を果たさんがため。名ばかりの爵位に浮かれて利用されていることにも気づかぬ、おまえらはやはり無知な野蛮人よ。

孟獲     何だとっ。

漢将     丞相、こうしている間にも魏は国力を養い、我が国に攻め入る隙を狙って参りますぞ。戦に勝ちました上はもうこの地にとどまる理由はございませぬ。この男を斬り、然るべき役人を置いて帰国しましょう。

孟獲     おいおい、随分な言い草じゃねえか。言っとくが、俺は負けたなんて思っちゃいねえからな。

漢将     何を言う。現におまえは今囚われの身ではないか。

孟獲     それは、ちょっと。

漢将     ちょっと、何だ。

孟獲     ちょっと間違ったんだ。俺が本気を出したら、おまえらなんかに捕まったりするものか。

――ああ。降参する気なんざさらさらねえ。

――そうだ、文句あるか。

――へっ、孔明とか言ったな。おまえがどんなに頭いいのか知らねえが、俺の身体は縛れても、心までは縛れねえだろう。

孟節       と孟獲が柄にもないことを言い放つと、孔明様は朗らかに笑い、うまいことを言うな、とおっしゃった。単純と言おうか何と言おうか、おだてられた孟獲もまんざらでもないような顔をして笑った。すると孔明様は。

孟獲       ――(笑いを収めて)何だって?

漢将     何を仰せられます!

孟獲       は、ははは、俺を放すだって! こいつはいい、はははは。

漢将       丞相、丞相がこの国を武力で制圧するのではなく心から服させたいとおっしゃるのは重々承知しております。現に今まで捕らえた南蛮兵はことごとく放しました。これであとはこの男を斬れば、我々の目的は達成するのではありませんか。

孟獲       ふん、奴らは捕まって放されたぐらいでおまえらに尻尾振ったりはしねえ。俺を殺せば死に物狂いで仕返しにやってくる。俺は南蛮の大王だからな。

漢将     丞相、何とぞ。

――丞相……。

孟獲       ようし、俺を放したら、今度は本気でやってやろうじゃねえか。それで負けたら、潔く降参してやる。

漢将     ……。

孟節     孔明様は、孟獲の縄を解き、さらに酒を一杯振る舞うようにと配下の者へお命じになった。

 

      漢兵1、孟獲の縄を解き、杯を持ってくる。

 

孟獲       酒? ……おっと、その手に乗るか!

――そうか? ま、そんなに言うなら……。(一気に飲み干す)

――あ? ああ、まあまあってとこだな。おい、おかわりあるか?

漢将       (漢兵たちに)連れていけ。

 

      漢兵たち、孟獲を連れて退場。

      漢将もそれに続き、礼をして退場。

 

孟節       こうして孔明様は周囲の反対を制して孟獲を釈放し、孟獲の方はそれに感謝する様子もなく悠々と中国軍の陣営を出ていった。これがすべての始まりだった。

 

      暗転。

 

 

○ 二  

 

      夕方、南蛮軍の砦。

      蛮兵3が物見櫓(岩山)の上から顔を出す。

 

蛮兵3 大王だ。孟獲大王様が戻られたぞ!

 

      集まってくる蛮兵たち、女兵たち。

      孟獲、悠然と登場。

 

蛮兵1 大王様、ご無事で。

女兵2 捕らえられたって聞いて心配してたんですよ。

蛮兵3 よく戻ってこられましたね。

孟獲     ははは、逃げ出すなんざわけもないことよ。力が余って追いすがってきた中国兵を四、五人ぶち殺してきたぜ。

蛮兵3 さっすが大王!

蛮兵2    大王、奴ら、俺たちに食糧と薬を持たせて、おまけに酒まで飲ませて放してくれましたぜ。

孟獲       馬鹿野郎。そんなもん喜んでひょいひょいもらってくる奴があるか。中国の奴らから恵んでもらった酒なんか……。(中国兵の格好をした蛮兵2を見て)おい、何だおまえ、そのなりは。

蛮兵2    奴らがくれたんでさあ。俺の怪我を介抱してくれたついでに、あんまりぼろぼろだってんで。

蛮兵3    かっこいいなあ。やっぱり中国のは。

孟獲       ……。

女兵1    それにしてもあんたたち、情けないねえ。大きな口叩いて出てったわりには、何だ、物乞いに言ったみたいじゃないさ。

蛮兵2    だけど、一度戦ってみろよ。あいつらの強さは並じゃねえし、武器だってそりゃあいい奴使ってたぜ。それにあの孔明様って人の立てる作戦は、俺たちにゃ到底真   似できるもんじゃ……。

孟獲       おい、妙なこと言うじゃねえか。おまえは何か、俺たちは奴らより劣ってるって言いてえのか。

蛮兵2    そんなつもりじゃ。ただ、これ以上奴らには逆らわない方が……。

孟獲       何だと!

 

      孟獲、蛮兵2につかみかかる。

 

孟獲     てめえ、中国の奴らに心を売りやがったな!

蛮兵2    ち、違います。でも、あの孔明って人は立派な人だし、どうせかなわねえで殺されちまうぐらいなら、今のうちに降参した方が利口なんじゃないかって。

孟獲     この野郎!

 

      孟獲、蛮兵2を殴り飛ばす。

 

孟獲     この俺に降参しろだと! もう一度言ってみろ、俺がこの手でぶち殺してやる。

女兵2 大王、落ち着いてください。

蛮兵3 悪気があって言ったんじゃねえですよ、なあ、そうだろう。

蛮兵2 すいません。

蛮兵1 ほら、謝ってることですし。

孟獲     着替えてこい。そんななり見たくもねえ。早くしろっ。

蛮兵2 へ、へい。

 

      蛮兵2、退場。女兵3、杯を取ってくる。

 

女兵3 大王様。(杯を渡す)

孟獲     (飲む)

蛮兵1 大王様、それよりこれからどうするんですか。

孟獲     ああ。よし、みんな座れ。

 

      孟獲を中心に、全員座る。

                                       

孟獲     (蛮兵1に)おまえ、銀坑山に行って、弟の孟優を呼んでこい。一大事だってな。(女兵3に)おまえは祝融だ。作戦会議だから来いって伝えろ。

 

      蛮兵1、女兵3、退場。

 

孟獲     いいか、奴らは今まで相手にしてきた奴らとは違って、妙な手を使ってくる。下手に突っ込んでも奴らの手に乗るだけだ。そこでこれからの戦い方について、おまえらの意見を聞こう。何か意見のある奴は。

蛮兵3 はい。(挙手)

孟獲     ようし、言ってみろ。

蛮兵3 何か緊張するなあ。

女兵1 さっさと言いなよ。

蛮兵3 とりあえずもう一回攻め込んでみるってのは。

女兵2 馬鹿だね、そんなのわかってるんだよ。

女兵1 その攻め込む方法を考えてるんじゃないか。

孟獲     おまえら、しばらく考えてみろ。……どうだ、何か思いついたか。

女兵2 無理ですよ。

孟獲     何?

女兵2 だって、そんなの考えたことないもん。ねえ。

 

      女兵3、登場。

 

孟獲     おう、祝融はどうした。

女兵3    「勝手に出かけて勝手に負けて帰ってきたんだ、自分の尻ぐらい自分で拭え」だそうです。

孟獲     まだ機嫌直ってねえのか。まずいな。

女兵1 大王。

孟獲     どうした。意見か。

女兵1 寝てます。

孟獲     あ?

女兵1 (蛮兵3を指す)

孟獲     ……こいつ。起きろッ。(と叩く)

蛮兵3 痛ッ。

孟獲     会議中に寝るんじゃねえ。

蛮兵3 すいません、戦の疲れが。

女兵2 嘘だね、大王、こいつは難しいこと考えると眠くなるのさ。

孟獲     馬鹿、だからおまえは役立たずだってんだよ。今度寝たら焚火の中に突っ込むぞ。

蛮兵3 寝ません、もう絶対。

孟獲     おまえらもだ。しばらく待っててやるから、真剣に考えろ。

全員     はい。

 

      沈思黙考。

      蛮兵3、再び眠り出す。

 

女兵1 大王、こいつまた……。

女兵2 本気で焚火の中突っ込んでやろうか。

女兵1 ……大王?

 

      孟獲はいびきをかいている。

 

女兵1 大王! 自分で言っといて。

女兵2    まあ、仕方ないかもね。戦で疲れた上に、敵の陣に連れていかれて、さんざん暴れてきたんだろうし。

女兵3 そっとしとこうか。(蛮兵たちに)あんたたちも寝た方がいいんじゃない。

蛮兵4 そうだな。(蛮兵3に)おい、起きろ。ねぐらに戻ってゆっくり寝ようや。

蛮兵3 ……ん、ああ。

 

      蛮兵たち、女兵たち、散り散りに去っていく。

      日は落ちて、もう薄暗い。

      松明を手に蛮兵2、登場。衣服は中国兵のまま。

      孟節、岩陰から登場、蛮兵2の挙動を見守る。

      孟獲はいびきをかいている。

      蛮兵2、松明を置く。隠し持っていた縄を握り、孟獲に歩み寄る。

      不意に松明の明かりが消え、孟節に照明。

 

孟節       孟獲は中国軍に捕らえられた時、こう豪語した。南蛮兵は中国に尻尾を振ったりはしない、自分が殺されたら死に物狂いで仕返しにやってくるだろう。なぜなら自分は南蛮の大王だから、と。確かに孟獲はこの国の王として崇拝されていた。しかしその上に胡坐をかいているとこのようなことになるものだ。

孟獲     ん……、何だ? あ、こら、何を……!

 

      薄暗闇の中で、孟獲のもがく姿が微かにうかがえる。

      蛮兵2、孟獲の口に布を噛ませる。

 

孟節     再び孟獲は孔明様の前に引き出されることとなった。

 

      中国軍陣営。漢将、漢兵たち。

      蛮兵2、漢兵1から褒美を受け取っているところ。   

      孟獲が縛られたまま、蛮兵2を睨みつけている。

 

孟獲     ○×▲◇……!(この野郎、今まで誰のおかげで、てめえ聞いてんのか、畜生!)

漢将     ご苦労だったな。下がってよいぞ。

蛮兵2 へい、失礼します。

孟獲     ◎◆□!(おい、待てこら、てめえ!) 

漢将     外してやれ。

 

      蛮兵2、退場。

      漢兵1、孟獲が噛まされている布を外す。

 

孟獲     おい! 待ちやがれ裏切り者、俺がぶっ殺してやる! ……くそっ。

漢将     さすが南蛮の大王、よい部下を持っているな。

孟獲     うるせえ。

――おいおい、また説教する気か。偉そうに、おまえが何をしたってんだ、ええ?

漢将     孟獲。

孟獲     あの野郎、ただじゃおかねえ。おい、さっさとこの縄を解け。

漢将     それが捕らえられた者の頼み方か。

孟獲     捕らえられた? 俺は捕らえられてなんかいねえ、飼い犬に手を噛まれただけよ。戦って生け捕られたわけじゃない。

漢将     戦いもしないうちに部下に裏切られたというわけか。大王の威厳もあったものではないな。

孟獲     馬鹿言え、あんなのもう俺の手下じゃねえ。

漢将     他の部下も皆あの者のようになっていったらどうする。

孟獲     その時は俺一人でも戦ってやる。

――降伏? 誰がするか。とにかく俺を放せ。このままじゃ納得がいかん。

――説教はたくさんだってんだよ!

漢将     丞相、おわかりでしょう。この男、何度捕らえて説得しても同じことです。この上は斬るしかありますまい。

孟獲     (突然何かひらめいて)孔明!

漢将     ……?                       

孟獲     孔明、おまえの言うことはようくわかった。

漢将     何を、出し抜けに……。

孟獲     いや、おまえの言う通りだ、戦争はよくない、うん。まあ俺もちょっとだけ悪かったかも知れん。だからその、アレだ。降参な。考えてみてやってもいい。考えてみるから、俺をいったん帰してくれ。そしたら仲間と話し合って、降参するってことになったら、その時はおまえの手下になる。それでどうだ。

孟節     この言葉を聞いて孔明様は非常にお喜びになり、大きく頷いて、またしても孟獲を放すようにとお命じになった。                      

   

      漢将、漢兵たち、驚き戸惑う。

 

漢将     嘘に決まっています。孟獲、猿芝居もいい加減にしろ。

孟獲     常識だぜ、南蛮人嘘つかない。子分がみんなあんたになびいちまってるなら、戦っても勝ち目はねえしな。ただしだ、もし一人でも戦うって奴がいたら降参はしない。

漢将     結局逃れるための口実ではないか。

孟獲     俺は孔明と話をしてるんだ。

漢将     どうかお考え直しを、丞相。このような男また放したら絶対に……。

――丞相。

――……わかりました。縄を解けばよいのですな。(漢兵1に合図)

孟獲     そう来なくっちゃいけねえ。人間素直が一番よ。あ、ついでに、あの裏切り者を引き渡してくれねえかな。

漢将     渡せば殺すつもりだろうが。さあ来い。

孟獲     チッ。

 

      漢兵たちに囲まれ、孟獲退場。漢将も続く。

 

孟節     かくて孟獲は降伏を検討することを固く約束し、再び縄を解かれた。孔明様は楽しみに待っていると言って、孟獲の姿が岩肌の向こうへ消えるまで見送っておられた。だが、もちろん孟獲に降伏する気などあるはずがない。

 

      孟獲、走り出てくる。

 

孟獲     ハア、ハア……(振り返って)へっ、何てお人好しだ。この俺の口車に簡単に乗ってきやがった。誰が降参なんかするものか。見てろ、今度こそぎゃふんと言わせてやる。

孟節     孟獲は二度目もこの調子で、さながら檻から出された獣のように走り去っていったのだった。

   

      暗転。

 

 

○ 三  

 

      翌朝。

      蛮兵たち・女兵たちに囲まれながら、杯から水を飲んでいる孟獲。

      蛮兵2はもういない。

 

孟獲     (飲み干して)あー、生き返った。

女兵2 それで大王、今まで一体どこに行ってたんですか。

孟獲     おまえら、本当に何も気づかなかったのか。

女兵1 だって寝てると思ってたから。ねえ。

孟獲     情けねえ奴らだ。おまえらがそんなことだから俺が中国の奴らなんかに捕らえられて……。

女兵1 中国の奴らに?

蛮兵3 捕らえられた?

孟獲     え、いや……まあ、ちょっと、な。つまりだ、捕らえられたと見せかけて、奴らの手の内を探りに行ったってわけよ。

孟優の声 アニキー!

 

      孟優、駆け込んでくる。追って蛮兵1も登場。

 

孟優     兄貴、兄貴、兄貴!

孟獲     おい。おい、孟優。俺はここだ。

孟優     (はっと気づいて)兄貴!

孟獲     弟!(孟優を抱き留める)

孟優     兄貴、無事でよかった。

孟獲     よく来てくれたな。

孟優     連絡受けて飛び出してきたんだ。一大事だって言うから、兄貴の身に何かあったんじゃないかって。

孟獲     ああ。……まあ、とりあえず離れろ。

孟優     何でもっと早く呼んでくれなかったんだ、水臭いじゃないか。俺が嫌いか?

孟獲     そんなことねえって。

孟優     それにしても本当によかった、兄貴の身に何かあったら、俺……。

孟獲     放せ、わかったから。

孟優     兄貴、そう言えば少し痩せたんじゃないか。

孟獲     いいから離れろ! 座れ。話は大体聞いてるな。

孟優     中国軍が仕返しに来たんだろ、兄貴が奴らの領地に入ったから。

孟獲     そうだ。

孟優     それで、中国軍とはまだ戦ってないのか。

蛮兵1 戦ったは戦ったんですけど……。

蛮兵3 惨敗してみんなして生け捕りになっちまって。

孟優     えっ……嘘だろ?

孟獲     本当だ。

孟優     まさか兄貴も? みんなよく生きて帰ってこられたなあ。

蛮兵3 奴らが放してくれたんですよ。酒まで飲ませてくれた。

女兵1    だからそんなもん飲むんじゃないよ。大王みたいに、見張りの一人や二人ぶち殺して帰ってこなきゃあ。

孟優     へえー、やっぱり兄貴は違うなあ。

孟獲     ん? ……ああ、ははは、まあな。しかも今回はな、奴らをうまく丸め込んできたんだ。

孟優     何て?

孟獲     降参するかどうか考えてみる代わりに放せってな、俺の舌先三寸にかかればちょろいもんよ。

孟優     さっすが兄貴! で、これからどうすんだ。

孟獲     それをこれから考えようと思って呼んだんだ。いくら馬鹿なおまえでも、多少は役に立つかも知れねえからな。

孟優     うん、俺、馬鹿だけど頑張るよ。それで、何か案はあるのか。

孟獲     おい、案は出たか。

女兵1 え? いえ。

孟獲     聞いたか弟、この調子だ。よし、また少し待ってやるから、みんなで考えろ。思いついたら手挙げろよ。

蛮兵3 はい。(挙手)

女兵2 あんたはもういいよ。

孟優     兄貴、兄貴。さっき何て言った?

孟獲     ん? ああ、だから、思いついたら手を挙げろって。

孟優     そうじゃなくて、その前にさ。降参を考えてみるって、奴らに言ってきたって!

孟獲     ん? ああ、あれか。馬鹿、だからあれは嘘だったんだよ、あいつらを油断させるために……。 

孟優     それ、それだよ兄貴。

孟獲     それって?

孟優     耳貸して。(耳打ち)

孟獲     ん? ……うん。うん。……あ?

孟優     だから……。(耳打ち)

孟獲     ……ああ。……うん。うん。……あ?

孟優     いや、だから。(耳打ち)

孟獲     馬鹿、もう少しうまく説明できねえのか。……うん。うん。何だ、そうならそうと早く言え。

孟優     どんなもんかな。

孟獲     ふーむ。おい、みんな、聞け。     

 

      孟獲、それぞれに話し合っていた南蛮兵たちを集め、作戦を説明。

      孟節、岩陰から登場、話を立ち聞きする。

 

蛮兵1 なるほど。

女兵2 その手があったか。

孟獲     どうだ、いい作戦だろう。

女兵1 大王、冴えてる!

蛮兵3 大王、天才!

孟優     兄貴、最高!

孟獲     はっはっは、ようし、全員、準備にかかれ。

孟節     孟獲の弟・孟優は、兄に比べれば少しは知恵の回る男かも知れない。数日後、孟優は大量の手土産を持って、中国軍の陣営を訪れ、孔明様への謁見を願い出た。                            

 

      孟獲、南蛮兵たち、散る。

      漢将、漢兵たちが登場し、場所は中国軍陣営。

      孟優、女兵1・2、不恰好な礼をして固まっている。

 

孟優     (たどたどしく)俺は、いや私は、南蛮大王の、兄の孟獲の弟で、孟優というもんでござ……ござりまする。

孟節     しかし孟優は、兄・孟獲にさえ劣る大根役者だった。

孟優     と、いうわけで、兄の孟獲は、みんなで相談して、降伏するってことに決め……決まり……決められましたのでござりまする。

女兵1・2 そのとーりでござりまする。

孟優       外に置いてある土産物は、俺たちの気持ちなんで、どうぞお納めしてください……でござりまする。

女兵1・2 そのとーりでござりまする。

漢兵たち (笑いをこらえている)

漢将     単なる逃げるための口実だと思っていたが、まさか本気で降伏するとは。

孟優     南蛮人嘘つかない。(ボロ布を取り出し)これ、見てください。兄貴……じゃねえや大王からのお手紙でございまする。どうか読んで、いや、およ……お読み。

漢将     (受け取る)ほう、南蛮にも手紙を書く習慣などあるのか。

孟優     ははっ。

漢将     (開いて)……。これは。

孟優     すんません、漢字が書けないもんで絵文字にしてみたんだけど。

漢将     丞相、ご覧になりますか。

孟優     いや、見てくださいよ。それ書くのに三日も徹夜したんだから。何せ俺、手紙なんか書いたことなくて……。

漢将     ほう? これはおぬしが書いたものなのか。

孟優     えっ! いや、これは、兄・孟獲が書きましたでござります。……る。

漢将     ……。

孟優     いや、本当に。

漢将     (孔明と頷き合って)丞相はすぐにお返事を書かれるそうだ。

孟優     ははっ。(不恰好に礼)

漢将     では、丞相。紙と硯をご用意致しましたゆえ、こちらへ。

孟優     あのっ。あの、俺たちは、別に、何にも企んでませんからっ……連れてきた奴らだって、単なる荷物運びで、はい。

漢将     ご苦労だった。しばしの間、酒でも飲んで待っておるがよい。

漢兵1 (酒瓶と杯を持って)どうぞ。

女兵1・2 (ガッツポーズ)

孟優     いや、それは。

女兵1 さっすが中国のお方は太っ腹!

女兵2 頂きまーす。

孟優     こら、おまえたちは、まったく。酒なんか飲んでる場合じゃ……。

漢将     遠慮することはないぞ。手紙をこうして無事に届けたのだ。使者としての役目は果たしたはずではないか。それとも、まだ他に何か言いつけでもあるのか?

孟優     えっ……いや、じゃ、お言葉に甘えて頂戴します。

漢将     (漢兵に)外にいる者たちにもふるまっておけ。

漢兵1 はっ。

 

      漢将、孔明に従って退場。漢兵たちも去る。

      孟優、女兵1・2、座って酒を酌み交わす。

 

孟優     (小声で)うまくいったみたいだな。

女兵2 (小声で)ふふふ、大成功。

女兵1 (小声で)そいじゃ、うちらは一足先に初勝利を祝って。

三人     (小声で)乾杯!

孟節     その頃、中国軍の陣を岩場から見下ろしていた孟獲は……。

 

      南蛮兵たち、岩山から見下ろしている。

      岩山の中心に、孟獲、蛮兵1・3が立っている。

 

孟獲     見えるか、陣のど真ん中に、小屋みたいのが見えるだろう。あそこにいるのが孔明よ。今頃はすっかり安心して、酒でもかっ食らってるに違いねえ。

蛮兵3 まさかあの降参が偽りだなんて、思ってもみないでしょうねえ。

蛮兵1 敵の総大将を生け捕れば、もうこっちのもんですね。

孟獲     一気に突っ込むぞ。そうしたら、孟優たちも内側から奴らを引っかき回すことになってるからな。    

蛮兵3 はい。

蛮兵1 三度目の正直。

蛮兵3 お、何か知らないけどすごいな。それどういう意味?

孟獲     用意はいいか。よおし、行くぞ!

 

      南蛮兵たち、それぞれに岩山から駆け下りていく。

      中心の三人、闇の中に飛び込む。

 

孟節     孟獲たちは孔明様がおられるはずの中営に勢いよく飛び込んでいった。しかしそこには慌てふためく孔明様や中国兵たちの姿はなく、灯りさえともっていなかった。

蛮兵1 大王様、これは。

孟獲     くそ、逃げ足の速い奴らだ。

孟優     う……うーん。

孟獲     ……孟優? 孟優じゃねえか、しっかりしろ、大丈夫か。

孟優     だめだ……もう飲めねえ。

蛮兵3 うわあ、大王!

孟獲     どうした。……何だてめえら、一体……!

 

      闇の中で、漢兵たちの喚声と孟獲・蛮兵たちの悲鳴が入り交じる。

 

孟節     孟獲、孟優兄弟の猿芝居は孔明様を欺くどころか、かえって逆手を取られ、南蛮兵たちは中国軍の陣の中で囲まれてしまった。もちろん彼らは必死で抵抗したが、結局  は今までと同じ結果が待っていた。つまり、孟獲はみたび囚われの身となった。

 

      中国軍陣営、漢将、漢兵たち。南蛮兵たちが囚われている。

      孟優、縛られたまま孟獲の肩に寄りかかって寝言をつぶやいている。

 

漢将     これで三度目だ。これでもまだ負けを認めんのか。

孟獲     当たり前だ。この間抜けが酒に酔いつぶれて、せっかくの俺の作戦をぶち壊しやがったからこんなことになっちまったんだ。戦で負けたわけじゃない。言っとくが俺はな……。

――何?

――な、何だよ、急に、おっかねえ顔しやがって……。

――お、おい、孔明。

漢将     仏の顔も三度という。さすがの丞相もようやくおまえの首を斬ることをご決心なされた。これで我々も安心して都へ凱旋できるというものよ。

孟獲     まさか……。

孟節     孔明様の表情は厳しかった。今までのあのにこやかな笑みはどこへ行ったのか、まるで取りつく島がない。また何とか逃げられるだろうと甘く考えていた孟獲は、面食らってしまった。

漢将     さて孟獲、何か言い残すことはないか。

孟獲     ちょ、ちょっと待ってくれ。待ってくれ。孔明、もう一度俺を放してくれ。

――いや、もう一度だけでいい。今度こそ心置きなく戦ってやる。

――そんなカタイこと言うなよ。一度だけでいいんだ。

――今度負けたら? ああ、その時は打ち首でも何でも好きにすりゃいい。だから、なっ。

孟節     ……孔明様は表情を緩めることなく頷いた。ただしまた捕らえられることがあれば必ず首をはねるゆえ悔いを残さぬように、そうつけ加えると、彼らの縄を解くようお命じになった。

孟優     (寝言)兄貴……やっぱり中国の酒はうめえなあ。

孟獲     馬鹿、孟優、起きろ。

漢兵たち (失笑)

孟優     (目覚めて)あれ?

漢将     縄を解け。

漢兵1 はっ。

孟優     兄貴、これ、一体どういうことだ? 

孟獲     いつまで寝呆けてんだ、戻るぞ。

――(孔明に呼び止められて立ち止まる)

――おまえに言われるまでもねえ。

 

      南蛮兵たち、漢兵たちに連れられて退場。

 

漢将     おかしな男でございますな。みたび捕らえられてまだ戦おうとは。しかしあの獣も丞相の「首を斬る」という仰せにはたいそう……丞相? 笑っておられるのですか。

孟節     孟獲たちは幾度か中国軍の陣を振り返りながら、足早に去っていった。南蛮兵の中には、孔明様の人徳を讃え、降伏を望む者が少しずつ増えてきていた。そんな中、孟獲は南蛮国の各地から気性の荒い兵たちを多数呼び集め、心機一転、三度の雪辱を図った。

 

      暗転。

 

 

○ 四

 

      すぐに照明がつき、孟節はまだ退場途中。

      孟優が駆け出してきて、孟節にぶつかりそうになる。

      孟節が何か言おうと口を開くと、孟優は人差し指を口に当て、頷く。

      何事もなかったかのように周囲をうかがい、孟優が袖に合図を送る。

      新顔を加えた南蛮兵たちを引き連れ、孟獲、忍者のように駆け出してくる。

孟節、様子を見る。

 

孟獲     全員いるな。

孟優     おい、みんないるか。いない奴は手を挙げろ。

蛮兵5 あれが中国の野郎どもの陣か。

孟獲     いいか、早まるなよ。さっきも言ったが、孔明の奴小細工の天才だからな。まともに戦えば俺たちが負けるはずはねえ。奴の手にだけは絶対に乗るな。

女兵4 わかってるよ。

蛮兵4 大王、合図を。

孟獲     落ち着けよ、いいか……それっ!

 

      大勢の南蛮兵たちが喚声と共に躍り出、中国軍の陣営へ踏み込む。

 

女兵4 誰もいないよ……。

蛮兵4 どういうことだ?

蛮兵5 逃げやがったんだ、俺たちに恐れをなしたんだ。大王、すぐに追い打ちをかけよう。

孟獲     いや、ちょっと待て。

蛮兵1 こんなこと、前もありましたよね。

蛮兵3 嫌な予感……。

孟優     ……ってことは?

 

      銅鑼の音が鳴り響く。漢将、岩山の上に登場。

 

漢将     孟獲およびその部下に告ぐ。おまえたちは完全に包囲されている。命が惜しくば、無駄な抵抗はやめて降伏せよ。

孟節     逃げ場はもはや失われていた。彼らはもちろん中国軍を不意打ちしたつもりだったのだが、孟獲の考えることなど孔明様でなくとも多少は見当がつく。悲しいかな、孟獲には経験から学ぶ知恵というものがない。南蛮兵たちは必死に抵抗したが、周到に作戦を練っていた中国軍と渡り合えるはずはなかった。

 

      孟獲、漢兵たちに捕まり抵抗しながら退場。

      他の者たちも皆取り押さえられて、連れていかれる。

 

孟節     呼び寄せた南蛮兵ともども、孟獲はあっけなく捕らえられた。しかも、今度捕らえられたら首を斬るという約束がある。孟獲は孔明様の前に通されることもなく、筵の上に座らされた。その間孟獲は無言のままだった。が、死刑執行の兵士が剣を抜いて傍らに立った途端、突然孟獲は立ち上がり、大声で孔明様の名を呼んだのだった。

 

      漢将、定位置へ立ち、所は中国軍陣営。

      孟獲が、縛られたまま飛び込んでくる。

      数人の漢兵たちが追ってきて取り押さえる。

 

漢将     何事だ。

漢兵1 はっ、それが、ご命令通り首を斬ろうと致しましたところ、突然……。

孟獲     やい、孔明! 孔明、もう一遍俺と勝負しろ!

漢将     往生際が悪いぞ孟獲。武力では負けぬと言っておいてこのざまではないか、今さらまだ負けていないなどと言うのではあるまいな。

孟獲     もう一回だけだ。今度こそ、今度こそ恥を雪いでみせる。どうしても負けた気がしない。このままじゃ死んでも死にきれねえ。

漢将     そんなに死にたくないのなら降伏したらどうだ。

孟獲     俺は降参なんかしない。ああ、死んでもするものか。俺は詐りに負けたんだ。おい詐欺師、もう一度、尋常に俺と勝負しろ。

漢兵1 (孔明に命令され)はっ。……放してもよろしいので?

漢将     丞相のご命令だ。

漢兵1 はっ……。

孟獲     ようし、いいか孔明覚えておけ、今度こそ吠え面かかせてやる!

 

      孟獲、縄を解かれるなり飛び出していく。

 

漢将     あの獣も、巣穴に帰って肝を冷やすでしょうな。

――仰せの通り、奴らの砦は占領致してございます。さすがの野蛮人どももあきらめるしかありますまい。丞相、結局あの男をどうなさるおつもりなのです。これで捕らえるも放すも四度目、一体何をお考えなのですか。

――そうですか。深いお考えがあってのことなのでしょうな。(漢兵たちに)南蛮兵どもはいかがした?

漢兵1 縛り上げて囲いに入れておきましたが。

漢将     それでは私は孟獲の弟たちを放して参りましょう。

孟節     よたび縄を解かれた孟獲は孟優や南蛮兵たちと共に砦へ駆け戻った。しかしすでにそこには大量の中国軍の旗が翻っていた。孟獲たちは慌てて取って返し、途方に暮れて野をさまよった。

 

      暗転。

 

 

>>後半へ続く