○ 五

 

      孟獲、孟優、人数の減った南蛮兵たちが登場。

      疲れ果てて座り込む。

 

孟獲     畜生、いつの間に砦を。

孟優     兄貴……やっぱり孔明にはかなわねえよ。いっそ降参したら。

孟獲     何だと、おまえまで。

孟優     だって。

孟獲     だってじゃねえ。いいか、ここは南蛮国だ。俺の国なんだ。行く所なんざいくらでもある、砦一つなくしたぐらいで泣きごと言うな。

孟優     ……。

 

      女兵3、登場。

 

女兵3 大王様、こんな所にいたんですか。

孟獲     おう、おまえは。

女兵3 すいません、砦を奪われちまって。

孟獲     祝融は。無事か?

女兵3 はい、中国兵が来た時、ちょうど外に出てたんですよ。祝融様もあたいらも。

蛮兵3 そうだ、祝融様がいるんだった。

蛮兵4 祝融大王夫人だ。あの人がいりゃ百人力だ、そうだろう、大王。

孟獲     何言ってんだ。あいつがちゃんと砦を守ってりゃ、こんなことにはならなかったんだ。

孟優     強気なこと言って、夫婦喧嘩になったら勝てないくせに。

孟獲     うるせえ。で、今どこにいるって?

女兵3    向こうの林で、助かった奴らをまとめて隠れてます。それで大王様に、これからどうするのか聞いてこいって。

孟獲     まず行き先を決めねえとな。

孟優     兄貴、禿龍洞へ行ったらどうかな。

孟獲     何?

女兵3 禿龍洞?

蛮兵3 やだよ、俺、あんなとこ。

孟獲     どうしてまたあんな辺鄙なとこ行こうってんだ?

孟優     禿龍洞へ行く道は二つあるんだ。片方は山道でちょっと急だけど、まあ安全だ。俺たちはその道から禿龍洞に入って、奴らをもう一つの道に誘い込むんだよ。

女兵4 そのもう一つの道ってのは?

孟優       まずごつごつした岩山がずっと続いてる。だから馬じゃ足を取られてなかなか前へ進めないし、かなり体力を使うはずだ。そこで奴らが参ってくれりゃあ言うことなしだけど、でもまだまだ、本当に大変なのはその後なんだ。岩山を越えたらすぐに谷があって、その中の深あい森を通らなきゃならない。この森ってのが猛獣はもちろん毒蛇や蠍もうじゃうじゃいて、とにかく危険な道なんだそうだ。

孟獲     ふうむ。

蛮兵3 俺も聞いたことある。あの森に入って生きて出られた奴はいないって。

蛮兵1 なるほど、地形と猛獣を使って奴らを自滅させるわけですか。

孟優     待ってくれ、もっと大事なことがある。この暑い中、道もない森の中を猛獣と戦いながら歩くんだ、当然喉が渇くだろう。カラカラになるはずだ。だけどそこじゃ、水が一切飲めないんだ。

蛮兵1 水が飲めない?

孟優     その辺にある泉は、みんな毒泉なんだよ。うっかり飲んじまったら、体がだんだん黒ずんできて放っておくと死んじまう。

女兵4    そりゃいい。ただでさえ中国の人間にはこの国の暑さがこたえてるはず、そこへきて水が飲めないとなったら……。

蛮兵4    うまくいきゃ中国軍は全滅、じゃなくても戦う気がなくなって退却だな。

孟優     どうだ、兄貴?

孟獲     よし。これから禿龍洞へ向かうぞ。祝融にそう伝えろ。

女兵3 はい。

孟獲     孟優、案内は任せるぞ。

孟優     ああ。でも兄貴、俺たちの通った道を奴らには通れないようにしておかないと。

孟獲     よし、おまえ。俺たちが通り終わったら、木や岩でその道をふさげ。

蛮兵1 はい。

蛮兵4 なるほど、そうすりゃ奴らはその危険な方の道を通ってくるしかねえな。

孟優     さすが兄貴、頭いい。

孟獲     おまえらとは(頭を指し)ココの出来が違うんだよ。いくら孔明でも、何もないとこから水を出すような真似はできねえだろう。今度こそ勝負はもらったぞ。孟優、まずどっちへ行けばいいんだ?

 

      全員退場。

      孟節、柴を背負って登場。

 

孟節       鬱蒼とした木々が視界を埋め尽くし、上からは真夏の陽射しが照りつける。枝を払い、泥沼を渡り、突然襲いかかってくる大蛇や毒虫に悩まされながら、中国軍は森の奥深くへと入ってきた。孟優の作戦は効を奏した。もともと南蛮の風土に慣れない中国兵たちは、たちまち喉は渇き疲れ果て、行軍中に病人がバタバタと倒れていくという有り様だった。そしてようやく見つけ出した泉の水を飲んでは、その毒にあたってまた多くの兵士が命を失った。孟獲の言う通り、自然の要害ばかりは孔明様と言えどもどうしようもない。ここに来て、南蛮軍は初めて中国軍を窮地に立たせることに成功したのだった。

 

      孟節、振り返る。

 

孟節     どなたか私を呼びましたかな。

 

      漢将、よろよろと登場。手と顔が黒ずんでいる。

      漢兵1・2、慌てて追いかけてくる。

 

孟節     しかし、この作戦にはたった一つ誤算があった。

漢兵1 将軍! 無理です、休んでいてください。

漢兵2 そうです、命に関わりますよ。

漢将     大丈夫だと言っただろう。これしき……うっ。昔、背中に矢を刺したまま長江を泳いで渡った時のことを思えば。

漢兵1 ひどい顔色ですよ。

漢将     戦で殺されるならともかく、水あたりなどで死んでたまるか。武士の恥だ。

漢兵2 しかし実際に同じ水を飲んだ兵士が何人も死んでしまっているんですよ。

孟節     どうかなさったのですか。

漢将     おお、いや、おぬしはこの辺りに住んでいる者か。

孟節     おっしゃる通りですが。                         

漢将     (孔明に)丞相! 土地の者が見つかりました。

孟節     丞相、と言うと。

漢将     漢の丞相・諸葛孔明様だ。

孟節     これは……このような辺鄙な所へ、ようこそおいでくださいました。

漢将     (息が荒い)我々は南蛮大王・孟獲を追って、ここまで来たのだが……。どうやら泉の水には毒があるらしくてな、兵に飲ませることができん。おぬし、飲み水は……いかがしておるのか。

孟節     私一人が飲む分でしたら、井戸がありますので。しかしこれほどの軍隊となればそうはいかないでしょう。この辺りの泉は落ち葉が底に積もり腐って激毒を出します。ですが一ヶ所だけ、安心して飲める泉の湧く場所がありますから、私がご案内致しましょう。

漢兵1 本当ですか!

漢兵2 将軍、聞こえますか、水があるそうです!

漢将     (懸命に)聞こえておる。

孟節     ところで皆さん顔色がすぐれませんな。よかったら薬湯をお入れしますので私の庵へお越しください。粗末なあばら家ですが、風の通る涼しい所を選んで建てましたので、暑さで気分が悪い方もすぐに良くなりましょう。

漢将     (朦朧と)それは有り難い……。

孟節     どうぞ、こちらへ。

――はい?

――なぜと言われましても、苦しんでいる者を救うのは、当然のことではありませんか。ましてあなた方はこの南蛮を奪うためにやってこられたのではない。真の平和をもたらすためにいらっしゃったのだと信じております。お役に立てればむしろ光栄というものです。それに、あなた方が苦労なさっているのには、私にも責任がないわけではありませんし……。

――は……いや、本当のことを申しましょう。実は、私の名は孟節と申します。

――はい、南蛮大王・孟獲の兄でございます。

漢兵1・2 えっ!

漢将     (瀕死の状態)

孟節     私と孟獲、孟優は三人兄弟なのですが、下の二人は欲が深く乱暴者で、私が何と言って諫めても聞く耳を持ちません。私はもともと大王となることに興味がなかったので、二人の弟と別れてこの奥地に隠れ住んだという次第です。もう十年以上も前になりますが。

――丞相様、この度は弟がご迷惑をおかけして面目ありません。あなた様のお心が、いつかきっと愚かな弟にも通じると信じます。

漢兵1 (漢兵2にささやく)同じ兄弟とは思えないな。

孟節       ――は? ……弟に代わって南蛮国の王に?

――いえ、お断りします。今さら富貴を望むくらいなら、どうしてこんな奥地に隠居するものですか。さ、長話をしている間にあなたの兵士たちが貧血を起こしてはいけません。どうぞこちらへ……そちらの方、いかがなされた?

漢兵1 あっ将軍!

漢兵2 しっかりしてください!

孟節     ご病気かな?

漢兵2 毒泉の水を飲んでしまったのです。

孟節     何ですと、それはいけない。すぐに私の庵へ運びましょう。中国の方にしては色が黒いと思っていたが、いやよく生きていられたものだ。

漢兵1 あの、早くしないと……。

孟節     おお、急がなくては。では、こちらへ。さ、丞相様もどうぞ。

 

      漢将を支えて、漢兵たち退場。

 

孟節     孟獲たちのたった一つの誤算、それは彼らが避けて通り、中国軍を誘い込んだ深い森の中に、私が住んでいたということだ。中国軍は私が案内した泉で喉を潤し、病を癒し、遂に苦難の道を越えて、禿龍洞に辿り着いた。孟獲を始め南蛮兵たちは、来るはずのない敵を前にして、驚き不思議がった。

         

      南蛮兵たちが寄せ集まってくる。

 

蛮兵3 あいつら、あいつらきっと不死身なんだ。

蛮兵1 どうやってあの森を?

蛮兵4 天が奴らに味方してるんだ。そうとしか思えねえ。

蛮兵3    いや、違う、奴ら人間じゃないんだ。人間だったら生きてあの道を通って出られるもんか。

女兵4 勝てるわけないよ、あんな化け物に。

孟獲     馬鹿、落ち着け。

孟優     でも、兄貴。

孟獲     いいか、この暑さの中、水もなしにここまで来たのは確かに人間業じゃねえ。だが中国兵だって俺たちと同じ人間だ。きっと今頃はどいつもこいつも喉がカラカラで疲れ果てて、立っているのもやっとのはずだ。今攻撃を仕かければ、俺たちが勝つに決まってる。

南蛮兵たち ……。

孟優     じゃあすぐ攻め込むのか。

孟獲     当たり前だ。さっさと準備しろ。おら、早くしねえか。

 

      南蛮兵たち、退場。

 

孟優     兄貴。

孟獲     大丈夫だ。負けるわけがねえ。きっとあの中には泉の毒にあたった奴も、暑さにやられて病気になった奴も大勢いる。こっちはこの数日間、ずっと休んでたから体力はあり余ってるんだ。それぐらいちょっと考えてみりゃあわかるだろうが。

孟優     そう、かなあ。

孟獲     見てろ、今度こそは孔明に一泡ふかせてやる。ん?

孟優     ……そう、だよな。勝てるよな。

孟獲     勝てる。

孟優     うん。兄貴。やっぱり兄貴はかっこいい。最高だ。

孟獲     馬鹿、わかりきったこと言うな。

孟優     よし、俺たちも行こう。

孟獲     ああ。孔明め、その鼻っ柱をへし折ってやる。

孟節     と、さんざん強気なことを言って出陣するという時点で、いつもと同じパターンに陥っていることに気づかない孟獲であった。結果はもちろん誰もの予想通り。 

 

      と言っている間に二人、漢兵たちに縛られ座らされている。

      中国軍陣営。すっかり回復した漢将と、漢兵たちが定位置に立つ。

 

孟獲     どうしていつもこうなるんだ、畜生。

孟優     だから言ったんだ。

漢将     これで五度目だ、孟獲。今度はもう降伏するしかなかろう。

孟獲     孔明! もう一度だ。

漢将     (あきれて)……。

孟獲     今度こそ最後の一回だ。次は俺の都で勝負しろ。今わかった、俺は慣れない土地で戦ってたから力が出し切れなかったんだ。都に帰りゃ俺の実力を発揮できる。

漢将     この南蛮は自分の国だと豪語しておったではないか。

孟獲     な、孔明。

――おう。わかってる。(漢将に)さ、縄を解けってよ。

漢将     ……。

 

      漢将の合図に従い、漢兵たちが二人の縄を解く。

 

漢将     今度ここに来た時には、丞相が何と言われようと私がおまえの首を斬るぞ。覚悟しておけ。

孟獲     こっちの台詞よ。孟優、行くぞ。

孟節     汝の望む土地、汝の望む条件でもう一度戦おう。ただしこの次は、汝の一族まで滅ぼすかも知れない、心してかかれと、孔明様は去りかける孟獲の後ろ姿に語った。孟獲は多少は恥じる気持ちがあるのか、弟を連れ足早に去っていった。

 

      孟獲、孟優、退場。

 

漢将     改めて孟節殿の苦労が忍ばれますな。まったく、あの自信はどこから来るのか。

漢兵1 将軍、他の南蛮兵たちはいかが致しますか。

漢将     わかっておるだろう。釈放だ。

漢兵1 ここにとどまりたいと申す者もいるのですが。

漢将     丞相。

――(頷いて)残りたい者は好きにさせるがよい。

漢兵1 はっ。

漢将     ところで丞相、先日夜襲をかけてきた謎の軍隊についてなのですが、未だ何者の仕業なのか知れておりません。南蛮の者であることは間違いないでしょうが、それにしても妙なものですな。大将も含めて兵士すべてが女であるとは。

孟節     こうして南蛮軍は首都・銀坑洞まで撤退せざるをえなくなった。都に到着するや、孟獲は妻・祝融の兄である八納洞の木鹿王という豪傑に使いを出し、救援を頼んだ。いくら自信家とはいえ、やはり味方の数が減ってくると不安になるものらしい。しかし救援が来るより前に、中国軍は南蛮国の都に迫ってきていた。                            

 

      暗転。

 

 

○ 六

 

      蛮都。

      孟獲、孟優、蛮兵たち(さらに人数が減っている)、慌てふためいている。

 

蛮兵3 どどどどどうする、もう中国軍はすぐそこまで来てるって。

蛮兵1 生け捕りにされた兵は数え切れないって言っていました。

蛮兵4 奇襲攻撃なんかかけても見破られるだろうし。

孟優     けど、何もしないでいたら、奴らすぐにここへ攻め込んでくるぜ。この都取られたら、今度こそ俺たち行き場がなくなっちまう。

孟獲     わかってる。だからこうして考えてるんじゃねえか。

 

      いつしか杯を手に祝融、酒瓶を手に女兵3、登場している。

      飲みながら皆の混乱する様子を眺めているが、やがて笑い声をたてる。

 

孟獲     祝融。何笑ってるんだ。

祝融     (笑い続ける)

孟獲     この一大事に何がおかしい。

祝融     これが笑わずにいられるもんか。大の男が何だい、偉そうな口ばかり叩いて、中国兵なんかに手も足も出ない。はっ、情けないったらありゃしないよ。

孟獲     うるせえ。

祝融     それでもあたしの旦那かい。南蛮の大王かい。五度も捕まって、よく恥ずかしげもなく帰ってこられたもんだね。

孟獲     ……。

祝融     連れてきな。

 

      女兵1・2、漢兵2・3を連れて登場。

 

孟獲     こいつらは……。

祝融     あたしにたてついたから、こういうことになるのさ。

孟優     どうして、いつの間に。

女兵1 男どもがあんまり頼りないから、うちらはうちらだけでいろいろ遊んでたのさ。

漢兵2 我々をどうするつもりだ。

祝融     あたしが直々に首を斬って孔明とかいう野郎に見せつけてやるよ。

孟獲     待て。殺すことはねえ。

女兵2 殺さないって、どういうことです。

祝融     あんたがそんな甘いことでどうするんだ。そこまで孔明って奴に毒されちまったのかい。

孟獲     そうじゃねえ。俺は今まで五度、奴に命を助けられてる。ここですぐに殺しちまったら、いかにも俺が器の小さい男みてえじゃねえか。なあに、こんな雑魚、殺したってたいしたことはねえ。牢屋にでもぶち込んどけ。

祝融     ……。

 

      蛮兵1、漢兵2・3を引き連れて退場。

 

孟獲     祝融、ありゃおまえの手柄だ。さすがに俺の妻だけのことはある。だけどな、大王夫人であるおまえが勝手な行動をとるってのはな。

祝融     意気地なしが何言ってんだい。あんたに任せておいたら、いつまでたっても埒が開かないじゃないか。

孟獲     おまえは孔明と戦ったことがないからそんなことが言えるんだ。

祝融     じゃあ戦ってやろうじゃないさ。おまえたち、用意はいいね。

女兵3 もちろん。

女兵1 ひと暴れしてきますか。

孟獲     おい、ちょっと待て。

祝融     大体最初からあたしが行ってりゃこんなことにはならなかったのさ。

 

      祝融、女兵1・2・3、退場。

 

蛮兵3 やっぱり祝融様は迫力が違うなあ。

孟獲     馬鹿、呑気なこと言ってる場合か。あいつ、勝手なことしやがって。

孟優     兄貴、大丈夫だよ。心配しなくたって、祝融の姉貴が矛を持ったら、並の男じゃかなわねえんだから。

蛮兵3 それに手裏剣を投げたら百発百中だし。

孟獲     別に、心配してるわけじゃねえが。

 

      外から喚声。蛮兵4、物見櫓(単なる岩山)の上に登る。

 

蛮兵4 始まったみたいです。

孟優     どんな調子だ。

蛮兵4 敵はかなりビビッてますよ。女の将軍が珍しいのかな。

蛮兵3 どれどれ。

 

      蛮兵たち、孟優、物見櫓に昇る。

 

孟優     兄貴はいいのか。

孟獲     見るほどのことがあるか。

蛮兵3 おお、すげえ、敵をバッタバッタと。

孟優     あ、また一人倒した。

蛮兵4 さあ、得意の手裏剣が出るか?

 

      楽しげな蛮兵たちの様子に、孟獲もたまらず櫓の上へ。

      戦場。祝融、女兵たち、躍り出てくる。

 

祝融     さあ、死にたい奴はかかっといで!

 

      漢将、漢兵たち、登場。

      祝融の飛刀、女兵たちの奮闘に、中国軍は苦戦している。

      混戦に紛れて孟節登場。

 

孟節     祝融も従う女たちも、いずれ劣らぬ豪傑ぞろいだった。中でも祝融の活躍は目覚ましく、始めは所詮女と侮っていた中国兵たちもその勢いに押されて、少しずつ後退し始めた。

 

      祝融、女兵3から矛を受け取り、振り回す。

      漢兵たち、後ずさる。孟節も隅に避難する。

 

漢将     くそ、まさか女一人にここまでてこずるとは。名を名乗れ!

祝融     南蛮大王孟獲の妻・祝融。

漢兵たち (どよめく)

祝融     さあ、どうする。

漢将     ……かかれ!

 

      漢兵たちが祝融に襲いかかり、女兵たちが祝融と分断されて退場する。

      が、祝融は素早く駆け回り、一人で漢兵たちを蹴散らす。

 

漢将     やむをえん。退却命令を出せ。

漢兵1 将軍! 丞相からのご指令です。(漢将に耳打ち)

漢将     よし、わかった。(祝融に)やあ、そこを行く駝鳥!

祝融     駝鳥?

漢将     少しは腕に覚えがあるようだが、私から見ればはしっこいだけの飛べぬ鳥よ。

祝融     大きく出たね、大将。その言葉、後悔させてやるよ。

漢将     足の速さが取り柄の駝鳥夫人、腕の力の方はいかほどか、見せていただこう!

祝融     面白い。さあ、どこからでもかかってきな!

漢将     行くぞ!

 

      漢将、しばらく祝融と渡り合うが、やがて二人とも戦いながら去る。

      兵士たち、それについていく。

 

孟優     あれ、どこ行った?

蛮兵3 林の中に入っていきましたよ。

蛮兵4 圧倒的に勝ってるじゃねえか。

孟獲     (櫓から降りてきて)あの様子じゃ、中国軍が退くのも時間の問題だな。

蛮兵3 さすが祝融様ですね。

孟獲     まあ、あれだけでかい口叩いて出てったんだ。相応の働きはしてもらわねえとな。

孟優     また強がっちゃって。

 

      女兵3、駆け込んでくる。

 

女兵3    大王様! 祝融様が生け捕られました。

蛮兵たち ええっ!

孟節     祝融も南蛮人であり、また孟獲の妻である。腕っ節は強くとも猪武者に過ぎない彼女は、一騎打ちと見せかけて林の中に誘い込まれ、落とし穴に落ちたのだった。

孟優     また孔明だ。

孟獲     ……。

女兵3 ど、どうするんですか。

孟獲     まあ待て。祝融が殺されることはねえ。俺の女房を孔明が殺すはずはないからな。……そうだ、さっき牢屋にぶち込んどいた奴ら、あの二人を連れてけ。人質交換だ、すぐに行け。

女兵3 はい!

 

      蛮兵1、登場。女兵3、走り去る。

 

蛮兵1 大王様。

孟獲     何だ。

蛮兵1 たった今、木鹿王が到着しました。

孟節     南蛮国の奥地・八納洞を治める木鹿王は、孟獲の妻・祝融の兄であったが、性質が乱暴で普段は南蛮の者も敬遠していた。しかし彼の軍隊が強力なことは南蛮中に知れ渡っており、孟獲を始め南蛮兵たちは皆彼を歓迎した。

 

      木鹿王、登場。孟獲、握手して歓迎する。

 

孟獲     おお、(外を見て)あれがおまえの自慢の軍隊か。ふむ、強そうだな。おい孟優見てみろ、まるで虎みたいな顔した奴がごろごろいるぞ。

木鹿王 本物の虎じゃからの。

孟獲     そうか、やっぱりなあ。……え?

孟優     うわあ、兄貴、虎だよ、あれ。

木鹿王    はっはっは、我が軍一番の精鋭がそろった虎部隊じゃ。先陣を切るのは狼部隊、その向こうに見えるのが獅子と豹でな。後ろの方は熊とジャイアントパンダで固めておる。

蛮兵1 あ、あの、あそこに見えている白い……でかいのはもしかして。

木鹿王    おお、あれはわしが日頃可愛いがっとる象でな、名前はパオパオというんじゃ。馬の代わりに騎っておるが、どうじゃ、見事なもんじゃろう。

蛮兵4 猛獣部隊……。

木鹿王    下手な人間よりよほど役に立つからの。獰猛で力もあって足も速い、おまけに度胸が据わっとる。

孟獲     ああ……なるほど。

蛮兵3 わっ、あの虎こっち見てる。

木鹿王    昨日から飯を食わせとらんからの、腹が減っておるんじゃ。今にたらふく中国兵の肉を食らわしてやるわい。

 

      女兵1・2・3、祝融、登場。

 

蛮兵4 あっ、祝融様。無事でしたか。

女兵3 人質交換、うまくいきましたよ。

孟獲     おう、祝融。よく帰ってきた。

祝融     ……。

木鹿王 祝融、久しぶりじゃの。

女兵1 あ、木鹿王。

木鹿王    聞いたぞ、落とし穴にはまったんじゃと? おまえともあろう者がヘマをしたもんじゃ。が、まあ、安心せえ。あんちゃんがおまえの仇はちゃあんと討ってやるからの。

 

      祝融、黙って退場。

 

蛮兵3 相当機嫌悪いですね。

女兵2 帰ってから一言も口きいてくれないんだ。

木鹿王    はっはっは、妹は昔からプライドが高うてな。孟獲大王も大変じゃろうが、ん?

孟獲     いや、まあ、何てことはねえが。

木鹿王 はっはっは、まあええ。そんじゃ大王、行ってくるわい。

孟獲     おお、よろしく頼むぞ。

蛮兵3 が、頑張ってきてください!

木鹿王 まあ、大船に乗ったつもりで待ってろや。はっはっは……。

 

      木鹿王、退場。

 

蛮兵4 驚いたなあ。

孟優     ああ、まさか猛獣部隊を率いてくるなんてな。

蛮兵3 中国の奴ら、さすがに虎と戦ったことはねえだろう。

孟獲     (こっそりと女兵3に)おいおまえ、祝融の様子見てこい。

女兵3 はい。

 

      女兵3、退場。

 

孟優     兄貴、いいのか、姉貴のことは。

孟獲     あ? な、何言ってんだ。あんな女、放っといたってすぐにいつもみてえに威勢のいいこと言い出すに決まってる。

蛮兵3 でも、祝融様が負けるなんて、初めてだからなあ。

蛮兵4 俺たちも初めて生け捕りになった時は、ちょっと落ち込んだもんな。

女兵1    馬鹿言ってるんじゃないよ。祝融様は、あんたたちなんかとは違うんだ。捕まったって中国兵なんかこれっぽっちも怖がってなかったんだから。

女兵2    みんなにも見せてやりたかったよ、中国の野郎どもに囲まれてるってのにさ、あの度胸。

 

      祝融の影、登場。台詞と共に照明。

 

祝融       (孔明を睨む)殺すならとっとと殺しな。すましたツラして説教たれてんじゃないよ。ここは南蛮だ、あたしはあたしの好きなようにやるんだ。食いたい時に食う、殺したい奴は殺す、それの何が悪いってんだい。

――あたしはあんたに命乞いなんかしないよ。あたしは南蛮大王の妻だ。中国人に頭下げるぐらいなら、舌ァ噛み切って死んでやるさ。さあ好きにおし! 

孟獲     それで孔明はどんな様子だった。

女兵2 戸惑ってましたよ。祝融様にはやっぱりあの孔明もかなわないんですかね。

蛮兵3 さすがは祝融様。

 

      彼らの台詞の間に、周りの照明も落ち始めて退場しようとする祝融。

      孟節が歩み寄り、声(聞こえない)をかける。

      祝融、孟節と目が合うと、少し笑ってみせる。後、退場。

 

女兵1    人質交換が決まった時だって、うれしそうな顔なんかひとっつも見せないでさ、もうさんざん奴らの悪口とか言いたい放題言って帰ってきたんだ。見てて気持ちよかったよ。

孟優     孔明は怒らなかったのか?

女兵1    いや、最後の方にはちょっと笑ってたみたいだったけど。その代わり敵の大将がもうカンカンでさ。

女兵2    そうそう、祝融様に唾吐きかけられた時の顔と言ったら。

蛮兵1    大王様、木鹿王が中国の陣に奇襲をかけました。中国の奴ら、腰を抜かしてますよ。

孟獲     そりゃあそうだろうな。

蛮兵3 猛獣が相手じゃなあ。

孟優     虎や象やジャイアントパンダじゃ、騙しようがないもんな。

 

      象の鳴き声が響き、象に騎った人影が、勢いよく通り過ぎる。

 

蛮兵1 大王様。木鹿王が圧倒的に勝ってます。

蛮兵3 あはは、すげえ。やっぱり孔明も人間だったんですね。

孟優     兄貴、孔明の奴、困ってるだろうなあ。

孟獲     ああ。

孟優     どうするつもりかな。

孟獲     そうだな、猛獣に対抗するんなら、竜でも連れてこねえとな。

全員     (笑う)

孟節     木鹿王の猛獣部隊に、中国軍は完全に攪乱された。あるいは虎に食い殺され、あるいは象に踏みつぶされて、中国軍は多大の死傷者を出し、遂に壊滅するかに見えた。しかし。

 

      象と猛獣たちの悲鳴が響き、象に騎った人影が、逆方向に通り過ぎる。

 

孟獲     ……ん? 何か聞こえたか?

孟優     さあ?

 

      漢兵たちの鬨の声、奇怪な音と共に、漢将を乗せた怪獣の影が通過する。

 

蛮兵3 何だあの音?

蛮兵1 大王様!

孟獲     どうした。まさか木鹿王が……。

蛮兵1 退却を始めました。木鹿王の猛獣部隊はもう滅茶苦茶で……。

孟獲     そんな馬鹿な!

蛮兵3 どうやってあの猛獣部隊を。

孟優     まさか本当に竜を出してきたとか……?

蛮兵1    竜じゃありません。何かヘンテコな……見たこともないような、火を吹く化け物です! 

 

      南蛮兵たち、それぞれに立ち上がって外を見、慌てふためく。

      奇怪な怪物の声(火を噴く音)が聞こえる。

      祝融も登場する。

 

祝融     あんた、これはどういうことだい。

孟獲     ……畜生、何だあの化け物は!

孟節     絶体絶命の危機にある中国軍を救ったのは、世にも恐ろしげな怪獣の大軍だった。口から火を噴き、狼の牙も通用しない頑丈な肉体を持つ怪獣の群れに、猛獣たちは戸惑い、恐れをなして逃げ出した。

蛮兵1 こっちに……こっちに向かってきます! あっ、木鹿王が……!

孟節     木鹿王は猛獣が役に立たなくなった途端に逃げようとした。が、逃げ切れず、矢を受けて戦死した。

南蛮兵たち (口々に悲鳴をあげる)

 

突然、怪獣の頭が周囲から突っ込んでくる。上には漢将が乗っている。

南蛮兵たち、恐れて後ずさる。

      漢兵たち、飛び込んでくる。

 

漢将     孟獲、また会ったな。

孟獲     くそっ……!

孟節     祝融と木鹿王の活躍によって中国軍を苦しめることに成功したものの、結局孟獲は六度目の縄を受けることとなった。味方の南蛮兵たちは次々と中国軍に帰順し、孟獲に降伏するよう説得したが、孟獲はそれでもあきらめなかった。

 

      漢兵たち、孟獲・孟優・祝融を縛り上げ、南蛮兵たちを連行する。

      漢将、漢兵たち、威儀を正して定位置に立つ。

 

漢将     孟獲、おまえの部下たちは皆、おまえが降伏することを望んでおるぞ。

孟獲     裏切り者が何を言おうと俺の知ったことか。

――ふざけるな、俺の命を惜しむなら、体を張って俺を守ればいい。それがどうだ、奴ら自分は降参しておきながら、この俺に向かって無駄なことはやめろと説教しやがって。そうだろう孟優。

孟優     ……。

孟獲     孟優。

祝融     また放すつもりかい。

――何度やっても同じだよ。あたしらは降参なんかしない。とっとと首を斬っちまったらどうだい。

孟獲     お、おい祝融。

祝融     たとえあんたが漢の丞相だろうと、人徳者だろうと、(周囲を見回し)こんな訳のわからない化け物を操る魔法使いだろうと同じことさ。

漢将     ははは、魔法使いか、確かに丞相の立てる策は魔法のようではある。

孟獲     この化け物は一体何なんだ。

漢将     丞相の考案したカラクリ人形だ。

孟優     人形だって? 

孟獲     馬鹿言うな、火を吐いてたじゃねえか。

漢将     中に兵が入っておったのだ。火薬を仕込んでな。

孟優     そんな……だって。

 

      漢将、孟優を立たせて怪獣の鼻先に連れていく。

 

孟優     ひええっ。に、睨んでる。食われちまうよっ。

孟獲     孟優!

漢将     よく見てみよ。人が動かさなければぴくりともせんのだ。

孟優     ……本当だ。木でできてる。

漢将     丞相は今回のような事態を見越して、本国にいるうちからそのカラクリを考案し、用意しておられたのだ。我々も知らされていなかったことだがな。

孟獲     ……。

漢将     これでわかっただろう。おまえがいくらあがいたところで丞相にはかなわぬ。

孟節     この時孔明様は何もおっしゃらなかった。ただ悔しさで歪んだ孟獲の顔を見つめながら、去りたくば去るがよい、戦いたくば戦うがよいと、静かな声で仰せられた。

孟獲     ……。

 

      漢兵たち、三人の縄を切る。

 

孟獲     どうしてそこまでするんだ、孔明。俺にはわからん。

漢将     私にもわからぬ。だが丞相はこの南蛮の平和こそを願い……。

孟獲     平和? 何が平和だ、そりゃ最初に仕かけたのは俺だが、その仕返しにこんな奥地までやってきて、俺の兵をたくさん殺して、この国を引っかきまわしてるのはそっちの方じゃねえか!

漢将     (漢兵たちに)連れていけ。

孟獲     おい孔明、てめえ聞いて……っ。

 

      漢兵たち、孟獲を取り押さえ、三人を連れていこうとする。

 

孟獲     放せっ!

 

      孟獲、その手を振り払う。

 

孟獲     ……俺は絶対降参なんかしねえ。

漢将     さっさと行け。兵もなく城もなく、戦えるものなら戦ってみるがいい。ただしこの後はないぞ。

 

      孟獲、漢将を睨んで足早に去る。孟優、祝融も続く。

 

漢将     負け惜しみを……。今まで自分がしてきたことを棚に上げおって。……丞相、いかがなされた? 何か気になることでも?

――そうですか、いや、どうも考え込んでおられるようでしたので。(漢兵たちに)よし、木獣を片づけろ。

孟節     孟獲と弟・孟優、妻・祝融は中国軍の陣を出て、頼るあてを探した。その時すでに南蛮国内の砦という砦は孔明様に降伏し、南蛮の民は孔明様の徳を慕って中国軍と戦う意志を失っていた。行き場のない孟獲は、南蛮国のさらに南、烏戈国に助けを求めることにした。

 

      暗転。

 

 

○ 七

 

      孟獲、一人うつむいたまま岩に座っている。

      祝融、登場。

 

祝融     あんた。

孟獲     ん?

祝融     何考えてるんだい?

孟獲     別に、何も考えてねえよ。

祝融     そうかい。

孟獲     しかし孟優の奴、随分遅いな。

祝融     取って食われたんじゃないだろうね……。

孟獲     まさか。

 

      孟優、駆けてくる。

 

孟優     兄貴! 烏戈国の大王が会ってくれるって。

孟獲     おう、そうか。よくやった。

祝融     あんた。本当に大丈夫かい?

孟優     姉貴、どうしたんだ?

祝融     烏戈国の人間は体にウロコが生えてるっていうじゃないか。そんなの人間じゃない化け物だ、化け物に助けを求めるなんて。

孟獲     馬鹿、化け物化け物って、ここはもう烏戈国の領内なんだぞ。心配するな、いくら烏戈国人が卵から生まれてウロコが生えてるったって、人を食うなんて話は聞いてねえ、そうだろう孟優。

孟優     ちょっと待った、ウロコなんか生えてなかったぜ。俺が会った奴は、色黒で変な格好だったけどちゃんと手も足も二本だった。噂じゃ水かきと角があるとか言ったろ、それもなくてさ、俺もびっくりしたんだ。

祝融     ……。

孟優     それより気性が激しいみたいだから、怒らせないようにした方がいいよ。

孟獲     わかった。それで。

孟優     迎えに来るってさ。

孟獲     何だ、意外と話せるじゃねえか。ほら見ろ祝融、南蛮の大王が頼めば、何だって思いのままってことよ。               

祝融     ふん。

孟獲     しかし孟優、烏戈国の奴らは本当にあてになるのか?

孟優     ああ、相当自信あるみたいだったし。

祝融     自信だけじゃあねえ。

孟獲     でも奴らの強さは本物だよ。何てったって奴らには……。

 

      兀突骨の奇声が響く。

      突然四方から奇妙な格好をした烏戈国人たちが飛び込んでくる。

      兀突骨を中心に、無意味に騒ぎ、奇声をあげる。

 

孟獲     ななな何だ、この変人どもはっ。

孟優     しーっ、烏戈国の奴らだよ。

兀突骨 オーオーオーオー、孟獲大王、よく来たよく来た。

孟獲     おい、こいつは……。

孟優     (小声で)烏戈国のゴツコツトツ大王だ。

孟獲     (兀突骨と握手を交わし)ははは、どうも……(小声で)何だって?

孟優     ゴツコツトツ大王だよ、ゴツが名字でコツトツが名前。

孟獲     何でそんな変な……。

孟優     知らないよ。

兀突骨 オーオーオーオー。

孟獲     ……はは、よろしく、ドツ……トツコツ……大王。元気そうで何より。

孟優     兄貴、違う、間違ってるよっ。

 

      兀突骨、烏戈国人たち、奇声をあげ踊りだす。

 

孟獲     おい孟優。

孟優     俺に任せて。(兀突骨に)はは、これはゴツコツトツ大王。このたびはどうも。

 

      兀突骨、烏戈国人たち、奇声をあげ踊りだす。

 

孟優     あれ?

孟獲     祝融、行け。

祝融     何であたしが。

孟獲     いいから。

祝融     ゴッ……ゴツ、トツコツ大王。よよろしく。

             

      兀突骨、烏戈国人たち、奇声をあげ踊りだす。ただし少し嬉しそう。

 

孟獲     だめだ。孟優、どうするんだ。

兀突骨 よろしく、わたしゴツトツコツ大王。

孟優     合ってたんだ。姉貴、すげえ。

祝融     ……。

兀突骨    この人きれい、孟獲大王の奥さん。握手握手。孟獲大王、わたしこの人欲しい。くれるか。

孟獲     ななな何言ってんだ!

祝融     ふざけんじゃないよ、この変人……!(孟優に口をふさがれる)

孟優     兄貴、逆らっちゃだめだ。

孟獲     馬鹿言え。こんな化け物どもに、祝融を食われてたまるか!

 

      兀突骨、烏戈国人たち、奇声をあげ踊りだす。

 

兀突骨 こっち来い。歓迎会の準備できてる。

 

      兀突骨、烏戈国人たち、妙なノリで三人を連れ退場。

      孟節、それを見送るように登場。

 

孟節       兀突骨大王は上機嫌で三人をもてなし、事情を聞くと、すぐに協力することを約束した。孟獲は孔明の手強さを説明し注意を促したが、烏戈国の者たちは全く聞く耳を持たない。なぜなら……。

 

      祝融、駆け込んでくる。

 

祝融     ……うぇっ。(口を押さえる)

孟節     なぜなら彼らの軍隊は無敵だったのだ。

 

      孟優、駆け込んでくる。

 

孟優     ……げぇっ。

祝融     あんたもか。

孟優     あんなもの食えるかよ。ぐぇっ。

祝融     奴ら、生きたまま蛇を……。

孟優     俺はコウモリの丸焼きを食わされたぜ。

祝融     あたしはトカゲだよ。煮た奴。

孟優     でも居候って立場上、食えねえなんて言えなくて。水で何とか飲み下したよ。

祝融     水? ……あんた、飲んだのかいあれを。

孟優     ああ。何で。

祝融     ……。あれ、水じゃないよ。

孟優     じゃあ、一体何……何だったんだよ。姉貴、教えてくれよ。おい、黙ってないで、あれは何だったんだよ。

 

      孟獲、駆け込んでくる。

      吐くかという瞬間、兀突骨の手が孟獲を連れ去る。

 

兀突骨の声 遠慮するな、孟獲大王。

孟獲の声  いやもう俺は十分……。

兀突骨の声 これ食うか。うまいぞ、蛇の生け造り。

孟獲の声  俺は腹がいっぱいで。

兀突骨の声 それともこれがいいか。ネズミとカエルとナメクジの……。

孟獲の声  後で、後でもらうから。今はちょっと……。

 

      孟獲、駆け込んでくる。

 

孟優     兄貴、大丈夫か。

孟獲     大丈夫に見えるか、馬鹿。

祝融     あんた、こんなとこもうごめんだよ。

孟優     そんなこと言ったって、姉貴、他に行く所もねえし。

祝融     それじゃこの国で飢え死にするって言うのかい。あたしはあんなもの死んだって食いたくないよ。

孟獲     少しの間の辛抱だ。中国軍を追い払って、孔明を見返してやるまでのな。

祝融     頼りになるのかい、あの変人どもが。

孟優     それは間違いねえよ。烏戈国の兵隊は無敵だって評判なんだから。

孟獲     そうだ、奴らはすげえ鎧を持ってるんだってな。

孟優     うん、よくわかんないけど、山藤の蔓を干して、油に浸けて、また干してって具合に何度も繰り返して作るらしい。

祝融     そんなんでまともな鎧ができるのかい?

孟優     それがさ、すっごく頑丈で、刀も矢も通さない。俺、見せてもらったんだ。刀で斬りつけたら、逆に刃の方が折れちまうんだぜ。奴らがあんな……(声を落とし)あんなんでもこの辺を支配できてるなんておかしいだろ。きっとあの鎧のおかげさ。戦になったら絶対負けないから、他の部族も手を出さないんだ。

孟獲     なるほど、それなら。

祝融     勝ちようがないね。

孟優     だろう? おまけに軽いから走るのも楽だし疲れにくいんだって、ゴツトツコツ大王が自慢してた。まあ、見かけはちょっとかっこ悪かったけどさ。

孟獲     孔明の奴、面食らうだろうな。うん、今度という今度はうまくいく。遂に六度の借りを返す時が来たぜ。

 

      三人、大笑い。しかし笑い声は次第に小さくなる。                    

 

三人     ……うぇえっ。

孟節     長期にわたる遠征で疲れ切った中国軍の前に立ちはだかった烏戈国軍の姿は、ともかく奇妙としか言いようがなかった。南蛮軍の鎧や武器は中国のものを真似ているに過ぎなかったが、烏戈国軍は全く独自の、しかも中国軍のものよりもはるかに軽く丈夫な防具を持っていたのだ。刀も槍も矢も全く意味をなさない野蛮人たちに、当然中国兵たちは驚き戸惑い、立ちすくんだ。烏戈国軍はそんな彼らに容赦なく襲いかかっていった。

 

      三人、外に目を向ける。

      烏戈国人たちと中国軍が戦闘中である。

 

漢兵1 将軍、駄目です。どんなに切りつけてもびくともしません!

漢将     何ということだ。

漢兵1 味方は総崩れです!

漢将     ……。

孟節     さすがの孔明様もこれには頭を抱えてしまった。兵たちの動揺は一通りではなく、中国軍は遂に後退を余儀なくされた。

漢将     退却!     

孟節     烏戈国軍は初戦で大勝し、その後も連戦連勝、あっという間に中国軍を追いつめていった。

 

      三人、大笑い。

 

孟獲     また勝ったってな、ああ、愉快でならねえ。

孟優     これで十五連勝だ。烏戈国の奴らがこんなに強かったとはなあ。

祝融     何だかうまくいき過ぎてる気がするねえ。

孟獲     ……まあ、それは確かに。

孟優     けどさ、この前見たろ、中国軍の負けっぷり。陣地を七ヶ所も奪ったっていうし。

祝融     ああ……。

孟獲     それにしてもなんだな、戦に勝つのはいいが、そのたびに祝賀会ってのは。

孟優     あいつらはご馳走してるつもりなんだろうけどな。

孟獲     ああ、まったくこれだから野蛮人ってのは……。

 

      兀突骨、登場。

 

兀突骨 孟獲大王、何してるか。ご馳走まだたくさんある。

孟獲     あ、いや、ちょっと。

兀突骨 うまいぞ。遠慮しないで食え。

孟獲     それはもう。

兀突骨 ドブネズミの蒸し焼き。

孟獲     いや、ドツトツ……。

兀突骨 ムカデの薫製。

孟獲     ゴツトツコツ大王。

兀突骨 猿の脳みそ。

孟獲     それより中国軍の様子はどうだ。

兀突骨 心配するな、どんどん遠く逃げてってる。

孟獲     それで奴ら、今どこに。

兀突骨 山の向こうの谷に陣張ってる。

孟獲     ほう。

兀突骨 あの谷出口ない。入り口ふさいだら逃げられない。今日皆殺しする。

孟獲     おお……そうか。

兀突骨 そろそろ出かけるか。

 

      兀突骨、奇声をあげる。烏戈国人たち、飛び込んでくる。

      三人を含め、全員奇声をあげて踊りながら退場。

 

孟節       長い遠征と慣れない気候、行軍と戦いの繰り返しで、中国兵の疲弊はピークに達していた。一方孟獲たちも、この烏戈国が最後の砦であった。諸葛孔明様と孟獲の間の長い戦いは、ここ烏戈国で終止符を打たれなければならなかった。

矢も槍も通さない無敵の鎧を持つ烏戈国軍。

 

      兀突骨、烏戈国人たち、奇声をあげて飛び込んでくる。

 

兀突骨 今から戦行く。

烏戈国人 (奇声)

兀突骨 中国軍皆殺し。

烏戈国人 (奇声)

兀突骨 (よくわからない言葉)。

烏戈国人 (奇声)

孟節     出口のない谷に陣を張った中国軍。

 

      漢将、柴や箱を持った漢兵1・2、登場。

 

漢兵1 このぐらいでよろしいでしょうか、将軍。

漢将     うむ。

漢兵2 残った柴や硫黄はどうします?

漢将     あの黒い大きな箱車の後ろに積んでおけ。目立たぬようにな。

漢兵1 前から気になっていたのですが、あの箱車は一体何が入っているんです?

漢兵2 またカラクリ人形か何か……?

漢将     無駄話はするな。急げ。

漢兵1・2 はっ。

孟節     そして七度目にして最後の逆転勝利を目論む孟獲たち。

 

      孟獲、孟優、祝融、登場。武器を携えている。

 

孟獲     いつでも出かけられるように用意しておけよ。中国軍を追いつめたら連絡があるはずだからな。

孟優     でも俺たち、出番あるのかなあ。烏戈国の奴らが皆殺しにしちまうんじゃ。

孟獲     そんなことさせるか。ここで孔明の野郎を縄目にかけて、俺たちの前に跪かせなけりゃ、何のためにこんなとこまで来たのかわからねえじゃねえか。

祝融     あんな変人どもに譲りはしないよ。

孟節     すべての駒は出揃った。                              

 

      兀突骨、烏戈国人たち、奇声をあげて走り去る。

 

漢兵1 (遠くを見て)あっ、将軍、合図です。(手を大きく振る)

漢将     来たか。よし、全員谷の中から出ろ。崖の上で待機だ。

漢兵2 陣は引き払わないのですか?

漢将     そうだ。

漢兵1 それではみすみすこの陣を奴らにくれてやるので……?

漢将     おまえたちは、何のために柴や硫黄を陣のあちこちに仕込んだと思っておるのだ。

漢兵2 ……!

漢兵1 それでは……。

漢将     急げ。丞相のご命令だ。

 

      漢将、漢兵1・2、退場。

 

孟節     その頃、孟獲たちは。

 

      孟獲たち、やることもなくぼーっとしている。

 

孟優     暇だなあ、兄貴。

孟獲     ああ。

   

      兀突骨、烏戈国人たち、奇声をあげて飛び込んでくる。

 

兀突骨 (よくわからない言葉)。

烏戈国人たち (奇声)

 

      兀突骨、烏戈国人たち、奇声をあげて飛び出していく。

      漢将、登場。

 

漢将     丞相、準備はすべて調いましてございます。もうすぐ烏戈国軍がやってくるはず。

      漢兵1、登場。

 

漢兵1 将軍、敵が見えました!

孟節     その頃。

 

      孟獲たち、やることもなくぼーっとしている。

 

孟優     そろそろ、奴らの陣に着いたかなあ。

孟獲     ああ……。

 

      烏戈国人たちの奇声が聞こえてくる。

      漢将、漢兵1、崖上に潜んでいる。

 

漢将     出口をふさぐ用意は。

漢兵     万全です。

漢将     よし、合図があるまでは誰もその場から動いてはならぬ。気取られるな。

孟節     そして、烏戈国軍は怒濤のような勢いで攻め寄せてきた。十五度戦って十五度勝利し、七ヶ所の陣地を奪った彼らは、何の躊躇もなく中国軍が陣を構えているはずの谷の中へ飛び込んでいった。

 

      兀突骨、烏戈国人たち、奇声をあげて登場。

      次々と谷の中へ消えていく。

      漢将の命を受け、漢兵1、退場。

      不意に、辺りが静まり返る。

 

孟節     その頃、孟獲たちのもとには、先に中国軍に降伏した南蛮兵たちが駆け込んできていた。彼らは口々に本心から降伏したのではないと訴え、烏戈国軍が中国軍を谷の中に閉じ込めたと報告した。

 

      蛮兵1・3、女兵3、登場。

 

孟優     追いつめたら連絡くれるって約束だったのに。

孟獲     本当に、本当なんだな。

蛮兵1 本当です。

女兵3 あたいらも、もうちょっとで中国兵と一緒に閉じ込められるとこでした。

孟獲     野蛮人め、俺たちの言うことなんかまるで聞いてねえな。

孟優     それで奴ら、もう中国兵を皆殺しにしちまったか。

蛮兵1 いや、でも今頃はもうほとんど……。

蛮兵3 急がないと、孔明の死に様を見られなくなっちまいますぜ。

祝融     冗談じゃない。あの男の首は、あたしがもらう。行こう、あんた。

孟優     兄貴。

孟獲     よし、案内しろ。

蛮兵1 こっちです。

 

      孟優、祝融、南蛮兵たち、走り去る。

 

孟獲     そうか……遂にあの孔明を。

孟節     だが、その頃谷の中に閉じ込められていたのは、中国軍ではなかった。

 

      孟獲、後を追って駆け出す。

      崖の上の漢将が、ゆっくりと手を挙げ、振り下ろす。

      突然の轟音。孟獲、地に倒れ込む。

 

孟獲     な……何だ?

 

      再び轟音。孟獲、伏せて地響きの止むのを待つ。

      音は二、三度にわたって響く。

      静まったと見るや、孟獲、ゆっくりと立ち上がり、様子をうかがう。

      ふと振り返ると、谷が炎上している。

 

孟獲     ……?

 

      孟獲、茫然と谷の方へ歩み寄る。

 

孟節     深い谷に閉じ込められた烏戈国軍を襲ったのは、激しい炎の渦だった。烏戈国の鎧は山藤の蔓を油につけて乾かしたもの。軽くて頑丈、水も通さぬ無敵の防具ではあったが、ただ一つ火攻めに弱かった。放たれた炎は予め用意されていた柴から、次々と鎧へ、人へと燃え移った。

 

      烏戈国人たちの悲鳴が遠くから微かに聞こえてくる。

 

孟節     兀突骨大王の率いる烏戈国軍は、火炎地獄の中に全滅した。そして、降伏した南蛮兵たちの言葉を信じておびき出された孟獲たちの行く先には、無論伏兵が待ち構えていた。

 

      剣を抜いた孟優、矛を持った祝融、駆け込んでくる。

 

祝融     あんた!

孟優     兄貴! 囲まれてる、また騙されたんだ!

孟獲     ……。

孟優     兄貴、早く逃げないと……!

漢兵1の声 孟獲だ! 孟獲がいたぞ!

 

      周囲から漢兵たちが登場。それに交じって、数人の南蛮兵も現れる。

 

蛮兵1 大王様!

孟優     おまえたちは……。

祝融     何だい裏切り者! あたしらの死に様を見にきたのかい!

女兵3 祝融様、降参してください!

蛮兵3 大王、俺たちは大王に死んでもらいたくなくて。

 

      南蛮兵たち、口々に降伏を勧める。

      漢将、遠くからその様子を眺めている。

 

祝融     寝呆けたことをぬかすんじゃないよ! 

孟優     今さら、後へひけるもんか。

蛮兵3 孟優様。

女兵3 祝融様。

女兵1・2 大王!

漢将     孟獲、なぜ降伏せぬ。烏戈国の兵は一人残らず焼け死んだ。我々はおまえ一人を惜しんで、あとどれだけの命を犠牲にせねばならぬのか。なぜ降伏せぬ。孟獲、おまえ一人の言葉で、すべてが終わるのだというのに。(ふと振り返り)あ……丞相。

南蛮兵たち 大王!

孟節     孟獲……。

孟獲     ……くそっ。

 

      孟獲、剣を抜き、漢兵たちの中に斬り込む。孟優、祝融も倣う。

      三人とも死に物狂いの奮闘を見せるが、多勢に無勢であり、苦戦する。

      戦いの最中、孟獲は目を回して卒倒してしまう。

 

祝融     あんた!(斬られて)うっ……。

 

      祝融、腕を押さえて、倒れている孟獲のもとへ寄る。

 

孟優     うわあっ!

 

      孟優、弾かれて二人の所へ倒れ込む。

      漢兵たちが三人を包囲し、その周りで南蛮兵たちが様子を見守っている。

      漢将、退場。南蛮兵たちもゆっくりと去る。

 

孟節     孟獲は七たび捕らえられた。祝融も孟優も、傷だらけの体を引きずるようにして連行されていった。戦いのさなかに気を失った孟獲は、中国軍の陣営へ着いてから目を覚ましたが、自分たちが捕まったことを知っても騒ぎも暴れもせず、ただ黙りこくったまま座っていた。……いつもと違うのは、孟獲たちだけではなかった。孔明様が、今回に限ってはいつまで待っても姿を現さなかったのだ。 

 

      数人の漢兵が三人を縛って座らせる。

      中国軍陣営。漢兵たちがいつもの位置に立っている。

 

孟優     兄貴、今度こそ打ち首……だろうなあ?

孟獲     ……。

孟優     こんなことなら早く降参しちまえばよかった。そしたら烏戈国の奴らだってあんなことにはならなかったのに。

祝融     今さらもう遅いよ。

孟優     そうだけどさ。どうしてこんなことになっちまったんだろうって。

祝融     ……。

 

      漢将、登場。

 

漢将     孟獲。丞相のご命令だ。立て。

孟獲     孔明はどうした。

漢将     おまえには会いたくないそうだ。

孟獲     ふん、とうとう愛想を尽かしたってわけか。ああいいぜ、打ち首でも何でも好きにしろ。俺の負けだ、認めるさ。せいせいするだろ、ようやっと無知な野蛮人の相手しなくてもよくなってよ。

漢将     ……。

孟獲     何を浮かない顔してんだよ大将。まさか俺を殺したくないなんて言うんじゃないだろうな。生かしておいたらまた何しでかすかわからんぜ。とっとと斬れよ。外でやるってんなら引きずり出しゃあいいじゃねえか。

漢将     残念だ、孟獲。こうまでしても丞相のお心が通じぬとは。愚かな獣よ……。

 

      漢将、剣を抜き、孟獲の後ろへ立つ。

 

孟優     兄貴……!

 

      漢将、切っ先で孟獲の縄を切る。

      漢兵1・2、孟優と祝融の縄を解く。

 

孟獲     ……?

漢将     去れ。

孟獲     ……何だって?

漢将     どこへなりと行くがいい。

孟獲     ちょっと待てよ。

漢将     早くしろ。おまえの顔など見たくもないわ。

孟獲     どういうことだ。俺は何も言ってねえ、助けろなんて言ってねえぞ。孔明、孔明! 何考えてんだおまえは。出てこい、出てきて説明しろっ!

漢将     丞相はおまえに合わせる顔がないとおっしゃっている。

孟獲     合わせる顔がない?

漢将     烏戈国の兵を谷に閉じ込めて焼き尽くすなど、人の為すことではないとひどく後悔なさっておられる。私はそれは丞相の罪ではないと申し上げた。この殺戮のためにこの地に永遠と続く暴虐の歴史を改め、この地の民を安んじることができるのならば、これを為さぬことこそむしろ罪であろうとな。しかし丞相は他に方法があったはずだと、そしてもはやおまえを野蛮人と罵ることはできぬと嘆いておられる。孟獲、丞相の仰せだ。好きな所へ行け。まだ戦いたいのなら勝手にするがいい。     

孟獲     ……。

漢将     (孟優、祝融に)さ、おまえたちもだ。

孟獲     孔明を呼んでくれ。いや、俺が行く。俺を孔明の、いや丞相様の所に連れていってくれ。

漢将     急に何とした。

孟獲     会わせてくれ。頼む。

漢将     会ってどうするのだ。

孟獲     ……。

 

      漢将、合図をする。漢兵1、孔明に報告に行く。

 

孟獲     ……七回も捕まえて七回も放すなんて、聞いたことがねえ。いくら野蛮人ったってな、俺は恥も知ってるし恩に感じる心も持ってる。そうだろう、孟優。

 

      漢兵1、戻ってくる。

 

漢将     丞相。お呼び立てして申し訳……。

孟獲     孔明!

漢将     こら孟獲、先程は丞相様と申していたではないか。

孟獲     孔明。俺……俺は。

――何言ってんだよ。何であんたが謝るんだよ。

――やめろよ。俺が悪かったんだ。

 

      間。

                                       

漢将     ……孟獲。

孟獲     俺が反乱を起こして、俺が戦いを引き伸ばしたんだ。あんたのとこの兵が死んだのも、烏戈国の奴らが焼け死んだのも、もとはと言えば俺が……。どうして今までこの気持ちにならなかったんだろう。何でもっと早く……。

――ああ、本気だ。この通りだ。

孟優     すいませんでした!

祝融     ……。

孟獲     おい祝融。

孟優     姉貴。

祝融     ……あんたには負けたよ。

漢将     丞相。遂に丞相のお心が通じましたな。(漢兵1に)傷の手当てをしてやれ。

漢兵1 はっ。

漢将     孟獲、おまえはもう少しここに残れ。丞相からまだお話があるそうだ。(漢兵たちに)おまえたちは下がっておれ。

 

      漢兵1・2に連れられて孟優、祝融、退場。

      他の漢兵も去る。

 

孟節     孔明様の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。その声はいつもにも増して穏やかで、あたたかであった。しかしその時の孔明様の仰せは、自分を心底驚かせた……後に孟獲はそう語った。

孟獲       ――えっ……。

漢将       ――はっ。

――は……そうですな。(孟獲をちらりと見て)私に異存はありませんが。

孟獲     ちょ、ちょっと待ってくれよ。

漢将     何だ孟獲、丞相の仰せに不服なのか?

孟獲     ふ、不服かって、そんな問題じゃねえよ。俺がこのまま南蛮の王なんて、そんな、だって俺は、今まであんなに迷惑をかけちまったし。

――そりゃもちろん嬉しいさ、嬉しいけど……。

漢将     素直にお受けするがよい。丞相のご信頼に応えるのだ。

孟獲     でも孔明、じゃない丞相様、俺なんかに任せて、本当にいいのか。確かに俺はもう絶対反乱なんか起こさない。誓ってもいい。だけど。        

――……そんな、だって俺、俺は……。

孟節     孔明様は南蛮の地に中国の役人を置くことを好まず、すべてを南蛮大王・孟獲の手に委ねることを宣言なされた。七度目にしてようやく心服した孟獲を、孔明様はもはや疑おうとはなさらなかった。

 

      声をあげて泣いている孟獲。

      漢将・漢兵たち、退場。

      南蛮兵たち、三々五々登場し、うなだれている孟獲を見守る。

 

孟節       その翌日、孔明様と中国軍はすぐに本国へと旅立った。あまりに早い出立だった。季節はもう秋、孟獲は大量の貢ぎ物を持って国境まで見送り、孔明様との別れに至っては声をあげて泣いたという。

それからの孟獲は、まったく人が変わったかのようだった。孔明様への、ひいては漢への帰順を誓ってからというもの、南蛮国は漢との間にいさかいを起こすこともなく、貢ぎ物も欠かさなかった。さらに南蛮の各地にほこらが建てられ、孔明様を生き神様として祭り、その祭祀も毎年欠かさず取り行われた。孟獲も南蛮の民も皆、いつか孔明様と再会できる日を心待ちにしていたのだ。

あれから九年の月日が経った。漢の建興十二年八月――あの別れの時と同じ、秋も半ば。我々には結局、あの方と再び見えることは叶わなかった。

 

      時代はそのまま九年後へ戻る。

 

 

○ 終――西暦二三四年・秋 再び

 

      中央で独りうなだれている孟獲。

      南蛮兵たちは、粗末ながらも装いを正して、彼を取り囲んでいる。

      祝融、登場。

 

祝融     何だいあんた、まだそんな格好してるのかい。

孟獲     ……。

祝融     いつまでそうしてるつもりさ。間に合わなくなってもいいのかい?

 

      孟優、登場。

 

孟優     兄貴。

孟獲     ……。

孟優     なあ、そろそろ……みんな待ってるんだぜ。中国は遠いんだからさ。相当急がないと、俺たちが着く前に丞相様の葬式、終わっちまうかもよ。な、兄貴。 

孟節     孟獲。

孟獲     わかってる。

 

      間。

 

孟節     じゃあ、早く着替えてこい。外で待っているからな。

孟獲     ああ。

孟節     よし、みんな。

祝融     シケた顔してだらだら歩くんじゃないよ。何のために今まで訓練してきたんだい。そんなんじゃあ丞相様に笑われっちまうよ!

孟優     正面に、二列で整列するぞ、ほらっ。

 

      祝融、孟優に導かれて、南蛮兵たちが退場する。

 

孟節     ……先に帰った使者の方をな、見送りに行った時に聞いたんだが。

孟獲     ……。

孟節     丞相様のお側に仕えていた立派な将軍がおられただろう。何かと世話になったろうが。

孟獲     ……。

孟節     あの方もな、亡くなったらしい。

孟獲     (顔を上げる)

孟節     五年ほど前のことだそうだ。戦に続く戦で体を壊したとか。三つに分かれた中国を平定し漢を復興させるために、息つく暇もない日々を送られていたのだろうなあ。この南蛮を鎮圧した後すぐに帰ってしまったのも、今となっては頷ける。あの頃は、それほどお忙しい身とは思い至らなかったが。

孟獲     ……。

孟節     丞相様のことといい……世のことわりとはいえ、な。

 

      孟節、退場。

 

孟獲     ……。

 

      孟獲、自分の身なりを見る。

      着替えに行くために、ゆっくりと立ち上がり、歩き出そうとする。

      しかし孟獲、すぐに足を止めてしまう。

      漢将と漢兵たちが「定位置」に現れる。

      ゆっくりと前を向く孟獲。

 

漢将     噂には聞いていたが、まなじり険しく色浅黒く、まるで獣そのものですな。丞相、このように何度捕らえて放しても同じこと、この獣は恩義を感じる心など持ち合わせておらぬのでしょう。早々に斬ってしまうが上策と存じますが。

 

      孟獲、身じろぎもせず「孔明」を見据えている。

 

漢将     孟獲。

孟獲     (漢将を見る)

漢将     感謝するのだな。丞相はおまえをまた放すとおっしゃっている。まだ負けを認めぬと言うのなら、今度こそその足りない頭で策を練り、見事我々を打ち負かせてみるがよい。だが次はないぞ。心してかかれよ。……孟獲、聞いておるのか。

  

      孟獲、舞台の真ん中に座り込む。

      漢将が首を振りながらため息をつき、孔明を見、再び孟獲に視線を戻す。

      漢兵たちも孟獲を見守っている。

      孟獲は不作法に胡坐をかきながら、「孔明」をじっと見上げたまま。

 

 

                                ―― 幕 ――

 

   【参考文献】

     吉川英治『三国志(七)』(講談社)

     横山光輝『三国志』第四十五〜四十九巻(潮出版社)

     『CDドラマコレクションズ 三國志 諸葛亮征嵐伝 三の巻』(光栄)

     中村亮・画/瀬戸龍哉・伝『三国志武将画伝』(小学館)

     シブサワ・コウ編『歴史ポケットシリーズ 爆笑三國志 @蜀将編』(光栄)