【放課後ミステリー・シアター】作・二条千河

 

 

 

○登場人物

カズヤ

 アヅマ先輩

 

○時  現代

 

○場所 高校の一室(ミステリー同好会部室)

 

 

 

 


<一>

 

              ミステリー同好会の部室――どこかの教室を借りているらしい。

机と椅子、黒板がある。推理小説の入った箱などが置かれている。

              カズヤが一冊の本を読みかけのまま眠っている。

ラジカセがあり、音楽(ミステリー系ドラマのサントラ)がかかっている。

              アヅマ、登場。

 

アヅマ    カズ。(揺すって)……カズ!

 

              眠り続けるカズヤ。

 

アヅマ    犯行現場は札幌市内、とある公立高校の北校舎二階、突き当たりの教室。犯行時刻は放課後と見てまず間違いない。遺留品は文庫本が一冊、(本を取り)『札幌ラーメン殺人事件』。内田京太郎……? ガイシャは高校三年生、杉山一也十八歳。若いのに、気の毒にな……。

 

              アヅマ、カズヤに手を合わせる。

 

カズヤ    うーん……。(と、少し動く)

 

              はっとして見守るアヅマ。しかしカズヤ、やはり目覚めない。

             

アヅマ    (気を取り直し)死因は今のところ不明。犯人の足取りはつかめず、目撃証言も得られそうにない。なぜならこんな汚い部室に出入りしているやつなんて、目下こいつくらいしかいないからだ。北海道札幌清張高校ミステリー同好会部長殺人事件……なぜ犯人はこんなどうでもいいやつを狙ったのか。謎は深まるばかりだ。……って。

カズヤ    (眠っている)

アヅマ    あのな、一人でこんなことやっててもつまんねえんだよ。

 

アヅマ、ラジカセをカズヤの耳元に持ってきて、急に音量を上げる。

 

カズヤ    うわっ。

アヅマ    生き返ったか?

カズヤ    何だよもう……やめてくれよ。

アヅマ    (音を止めて)おまえね、何もこんな寝にくいとこで寝なくたっていいだろ。

カズヤ    そんなの、どこで寝ようと俺の……え。

アヅマ    え。

カズヤ    ……アヅマ先輩?

アヅマ    (後ろを振り返る)

カズヤ    いやいや。

アヅマ    あ、俺?

カズヤ    他に誰がいるんスか、この部屋に。

アヅマ    久しぶりだな、カズ。元気か?

カズヤ    何してるんスか。

アヅマ    何してるって?

カズヤ    何でこんなところにいるんスか。東京に行ったんでしょ?

アヅマ    行ったよ。

カズヤ    今日、仕事は?

アヅマ    別にサボってきたわけじゃねえよ。

カズヤ    え、じゃあ、休みとって、わざわざ来たんですか。飛行機に乗って。

アヅマ    ちょっと、実家に用事があってな。ついでだから寄ってみたんだよ。

カズヤ    どこか他に寄るところなかったんスか。

アヅマ    何かさあ、おまえ、めちゃくちゃ嫌がってない?

カズヤ    めちゃくちゃってこともないけど。ま、多少は。

アヅマ    何でだよ。卒業したOBが訪ねてきたら、普通歓迎するもんだろ。

カズヤ    そういうもんですかね。

アヅマ    そういうもんだ。

カズヤ    歓迎します、先輩。

アヅマ    うんうん。

カズヤ    で、何しに来たんスか。

アヅマ    おまえな。

カズヤ    だって、先輩が用もないのに来るはずないじゃないスか。現役のときでさえ……。

アヅマ    あの頃のことはまあ、忘れろ。

カズヤ    俺が入ってから、ここで先輩の顔見たのって、ええと、(指を折り)一回、二回、三回……?

アヅマ    その代わりしょっちゅうタイヤキおごってやっただろ。

カズヤ    しょっちゅうって、たまたま外で会ったときに二回だけ……。

アヅマ    で、部員は増えたのか?

カズヤ    思いっきり話をそらしたな。

アヅマ    見たところ、ますます弱体化してるようだな。

カズヤ    三人です。あとの二人は滅多に来ないけど。

アヅマ    それ、やってる意味あるのか?

カズヤ    こんなもんじゃないスか。ミステリー同好会なんて。

アヅマ    そんなもんかね。

カズヤ    まあ、ヤマグチ先輩が部長だった頃は、結構活気がありましたけどね。

アヅマ    そう言えばそうだなあ。……。

カズヤ    ……。(帰り支度を始める)

アヅマ    って、それじゃ俺が部長になってからダメになったみたいじゃねえか。

カズヤ    違うんですか?(鍵を出し)そろそろ閉めるから、出てください。

アヅマ    何で閉めるんだよ。

カズヤ    もう活動終わったから。

アヅマ    おまえね、たまにOBが遊びに来てんだから。

カズヤ    バイトあるんスよ。

アヅマ    頼みがあるんだよ。

カズヤ    やっぱり。

アヅマ    何だよやっぱりって。

カズヤ    金ならないスよ。

アヅマ    バカ、俺だって社会人の端くれだぞ。誰が高校生のバイト代なんかあてにするか。

カズヤ    だったら何なんですか。

アヅマ    おまえ、推理小説好きだよな。

カズヤ    そりゃあ、まあ、ミステリー同好会だから。

アヅマ    同好会に入ってたって本当にミステリーが好きとは限らねえだろ。自慢じゃないが俺は高校のとき、一度も推理小説なんか読まなかった。

カズヤ    それでどうして部長引き受けちゃうかなあ。

アヅマ    でも今は違う。

カズヤ    というと?

アヅマ    俺はミステリーに目覚めた。

カズヤ    はあ。

アヅマ    推理小説作家になることに決めたんだ。

カズヤ    え、読む方じゃなくて、いきなり書く方ですか?

アヅマ    うん。

カズヤ    無理ですよ。

アヅマ    無理なことあるか。

カズヤ    先輩、国語いつも赤だったじゃないスか。

アヅマ    なぜそれを。

カズヤ    先輩が言ってたんですよ自分で。第一、推理小説どころか、本なんてろくに読んだことないんでしょ。

アヅマ    バカ言え、毎週読んでるっつうの。

カズヤ    週刊少年ジャンプ?

アヅマ    いや、サンデー。

カズヤ    じゃ、俺、帰ります。(と、歩きだす)

アヅマ    カズ。待てって。

カズヤ    東京戻ってちゃんと仕事した方がいいスよ。別にクビになったわけじゃないんでしょ。

アヅマ    ……。

カズヤ    え、まさか。

アヅマ    クビにはなってねえよ。今のところは。

カズヤ    びっくりさせないでくださいよ。だけど、それじゃどうしてまた作家になろうなんて言い出すんスか。仕事キツイんですか?

アヅマ    キツイね。仕事って言うより、職場がキツイ。オヤジどもはうるせえし、女はブスばっかだし。

カズヤ    そんな理由で辞めないでくださいよ。

アヅマ    別に辞めるとは言ってねえだろ。仕事はやるさ。ただ、俺は、……その、何でもいいからとにかく今、推理小説を書きたいんだよ。

カズヤ    どうして。

アヅマ    どうしてって。おまえ、それは、アレだ。ひらめきだ。

カズヤ    ……。

アヅマ    ある日突然、ミステリーの神様がすーっと俺の体に降りてきたんだ。「アヅマよ、おまえには才能がある。推理小説を書きなさい」

カズヤ    そっちの方がよっぽどミステリーですよ。

アヅマ    頼むから協力してくれよ。あと少しで完成するんだよ、衝撃のデビュー作が。

カズヤ    衝撃のデビュー作ね。

アヅマ    いや、ホント、絶対そうなる。自信がある。

カズヤ    へーえ。

アヅマ    ただ俺は、にわか仕込みだからさ、トリックとか犯罪者の心理がどうとか、そういう専門的なところが弱いだろ。そこで、ミステリー研究家であるおまえを見込んでだな。

カズヤ    研究家っスか、俺。

アヅマ    そんなようなもんだろ。

カズヤ    まあ、昔からよく読んでたことは読んでたけど。

アヅマ    それでいいんだ。アドバイスしてくれよ。

カズヤ    (時計を見て)……ま、少しの間なら。

アヅマ    よっしゃ。今度タイヤキおごるからな。

カズヤ    いいスよ別に。それで、どの辺まで出来てるんスか。その衝撃のデビュー作は。

アヅマ    そうだな、どこから話せばいいかな。そう、まず殺人事件が起こるわけだよな。場所は東京都町田市の、とある住宅街。

カズヤ    東京。

アヅマ    市の中心部から少し外れた辺りだな。私立高校のある通りを真っ直ぐ行くと少し坂になって、上りきったところのカーブを曲がると神社がある。人気のない境内にはやたらでかい木が何本も生えていて、昼でも何となく薄暗い。人が死ぬにはぴったりの雰囲気だ。

カズヤ    そういう言い方はどうかなあ。

アヅマ    え、ダメ?

カズヤ    いや。殺人が起こる場所の設定としては、悪くないですよ。意外と細かいところまで考えてるんスね。

アヅマ    今、俺が住んでるアパートの近所だからな。

カズヤ    どうりで。でも、もう少し端折ってもらわないと、俺、時間がないんで。

アヅマ    わかってるって。ええと、で、その神社のそばの道路で、一人の男が殺された。

カズヤ    ……。

アヅマ    ……。

カズヤ    終わり?

アヅマ    端折れっていうから。

カズヤ    端折りすぎでしょ。どんなふうに殺されたんですか。刺されたとか、後ろから殴られたとか。

アヅマ    ああ、そうか。

カズヤ    被害者は何をしている人だとか。

アヅマ    わかったわかった。

カズヤ    頼みますよ。

アヅマ    ええと、被害者はまだ若くて、建設会社に勤めているごく普通のサラリーマンだ。

カズヤ    サラリーマンね。

アヅマ    ある日、上司の酒に付き合わされて遅くなったんだな。それで、真夜中に、その神社の脇の道を通りかかった。昼でさえ薄暗いところだから、夜中ともなれば当然真っ暗で、人気のない寂しい道だった。……こんな感じでいい?

カズヤ    続けてください。

アヅマ    その真っ暗な道を歩いていたら、突然、後ろから強い光に照らされた。振り返ると、自動車のヘッド・ライトだ。真っ直ぐ、こちらに向かって突っ込んでくる!

カズヤ    凶器は車か。

アヅマ    よけようにも道が狭くてよけられない。必死に走って逃げようとするが、車はしつこく追ってくる。「た、助けてくれえ!」キキィー、バァン! ゴロゴロゴロ……(と、転がって、倒れる)「う……うーん」

カズヤ    先輩?

アヅマ    運転席から犯人が降りてくる。バタン! カツ、カツ、カツ、革靴の音が近づく。だが若者はぴくりとも動かない。それを確認すると、犯人は再び車に乗り込み、バタン! ブウゥゥゥゥン……。薄れていく意識の中、若者は車の遠ざかっていく音を聞く。そしてその音が完全に聞こえなくなる頃には、あわれ前途ある若者の命は絶えていたのであった。ガクッ。(と、死ぬ)

カズヤ    ……なるほどね。

アヅマ    どうよ? これ、どうよ?

カズヤ    ありがちって言えばありがちだけど、まあ、なかなかいいんじゃないスか。推理物の書き出しとしては。

アヅマ    だろ? 俺、意外に才能あるだろ。

カズヤ    で、その後は?

アヅマ    え?

カズヤ    続きですよ。パターンからすると、警察の取り調べの場面かな。

アヅマ    うーん。

カズヤ    うーんって。次にどんな場面が来るか決まってないんですか。

アヅマ    うん。

カズヤ    じゃ、主人公はいつ登場するんですか。というか、主人公は誰ですか。推理して事件を解決する人は。

アヅマ    主人公は……。

カズヤ    刑事とか、探偵とか、検事とか、弁護士とか。ルポライターとか、家政婦とか。

アヅマ    うーん。

カズヤ    ちょっと待ってくださいよ。主人公の設定も決まってないんですか?

アヅマ    いや、推理小説だからさ、まずは殺人事件を起こすのが第一だと思って。

カズヤ    第一で止まっててどうするんスか。あと少しで完成とか言って。

アヅマ    だから、言葉にはできないけど、頭の中ではいろいろ考えてるんだよ。何かヒントがあれば、すぐにまとまるはずなんだ。

カズヤ    ヒントね。具体的には、どの辺で行き詰まってるんですか。

アヅマ    犯人は誰か。

カズヤ    一番大事なところじゃないスか。

アヅマ    あと、犯行の動機。

カズヤ    あのね、先輩。

アヅマ    この二つさえ決まれば、あとはどうとでもなると思うんだよ。

カズヤ    というか犯人も犯行の動機も決まらないで書き出すのが間違ってるんですよ。

アヅマ    だって推理小説だからさ、まずは殺人事件を起こすのが……。

カズヤ    あー、もうわかりました。とにかく被害者と殺しの手口だけは決まって、あとは全部未定なんでしょ。その後どうしたらいいか、考えたらいいんでしょ。

アヅマ    そう投げやりになるなよ。

カズヤ    第二の事件でも起こしてみたらどうですか。

アヅマ    連続殺人?

カズヤ    そう。

アヅマ    もう一人、誰か死ぬってことか。

カズヤ    ま、死ぬか、未遂でもいいですけど。

アヅマ    いや、それは。

カズヤ    何ですか?

アヅマ    何て言うか、かなり上級編じゃねえ?

カズヤ    どうせ無謀な挑戦じゃないですか。

アヅマ    つじつまを合わせるのがめんどくさそうだし。

カズヤ    だって、さっきの話じゃ、人気のない道端でひき殺されたんでしょ、被害者は。

アヅマ    そうだよ。

カズヤ    それじゃ、後になって被害者の遺体が発見されたとしても、ただのひき逃げと見なされて終わりですよ。

アヅマ    そんなバカな。

カズヤ    でもそう見えちゃうんですよ。

アヅマ    逃げてもしつこく追ってくるんだぞ。わざわざ車から降りて、死んだのを確認したり。

カズヤ    でも、それを目撃した人はいない。でしょ?

アヅマ    そうだけどさ。

カズヤ    じゃあ、犯人に殺意があったかどうか、はた目にはわからないじゃないですか。わかっているのは犯人自身と被害者だけで。

アヅマ    あ……そうか。

カズヤ    だから例えば、(黒板に図を書き始める)別の人が別の場所で殺されるでしょ。これBさん。さっきの、車にひかれたのがAさん。最初は全然関係のない事件と思われていたけど、調べを進めていくと、BさんとAさんとの間に何らかの接点が見つかるんですよ。同僚だとか、昔なじみだとか、まあ何でもいいけど。で、関係のある二人が次々と変死するなんて偶然とは思えない、こっちの事件もただのひき逃げじゃなくて、計画的な犯行だったんじゃないかってことになって、そこでようやく本格的な捜査が始まる。

アヅマ    ……。

カズヤ    とかね。そうでもしなきゃ小説になりませんよ。

アヅマ    カズ。

カズヤ    何スか。

アヅマ    おまえやっぱりすごいな。さすがミステリー同好会の部長だ。

カズヤ    先輩も部長でしたよね。

アヅマ    ○○(曲名)聴きながら寝てるだけあるわ。

カズヤ    それは関係ないでしょ。

アヅマ    だけどさ、やっぱり連続殺人はちょっと。

カズヤ    嫌なんですか。

アヅマ    怒るなよ。被害者は一人ってことでやりたいんだ。

カズヤ    ……。

アヅマ    殺しの場面、あんまり増やしたくないんだよ。書いててあまり気持ちのいいもんじゃないだろ。

カズヤ    その割には、さっきのシーン説明するとき、やたら生き生きしてましたけど。

アヅマ    それ以外にも、何かあるんだろ。ただのひき逃げじゃないって判断されて、本格的な捜査が始まるような筋書きが。

カズヤ    ないこともないけど。

アヅマ    それで行こう。

カズヤ    (「第二の事件」の部分を消しながら)うーん……被害者の死に方にどこか不審な点があれば、そこから殺しの線が見えてくるかも。

アヅマ    不審な点? 例えば?

カズヤ    被害者の持ち物がなくなっていたとか。

アヅマ    持ち物。

カズヤ    犯人は、一回車を降りて、Aさんに近づいてきたわけでしょ。そのときに何かを取っていくんですよ。Aさんが持っていたはずのものが、遺体になって発見されたときにはなくなっていて、主人公の刑事なり探偵なりが疑問を抱く。

アヅマ    Aさんが持っていたはずのものって?

カズヤ    うーん、財布じゃ面白くないしなあ。若いサラリーマンじゃそんなに金なんか持ってないだろうし。

アヅマ    そうだな。俺の場合だと、給料日の五日前には小銭しか残ってないからな。

カズヤ    またずいぶんカツカツでやってるんですね。

アヅマ    そんなもんよ、一人暮らしなんて。

カズヤ    まあ、そこまでじゃないとしても、やっぱり金目当てってのは無理がありますね。だとしたら、うーん。例えば。(「定期入れ」と書く)

アヅマ    定期入れ?

カズヤ    駅で定期入れから定期券を出しているところは駅員が目撃しているのに、事件後には犯人によって持ち去られていた。犯人は、その定期入れの中に、何か重要なものが隠されているのを知っていたんですよ。

アヅマ    重要なもの?

カズヤ    人殺しをしてまで手に入れようとするものだから、そうだなあ。よくある話じゃ、強請(ゆす)りのネタかな。犯人は政治家とか、すごく偉い立場にいる人で、だけどその立場が危うくなるような秘密を持っていて、そう、暴力団とつながってるとか。Aさんはその証拠になるような写真のネガか何かを持ってて、定期入れの中に隠しておいた。(順次、黒板にメモ書きする)

アヅマ    政治家を強請ってた? それで恨まれて殺されたってことか?

カズヤ    例えばの話ですよ。

アヅマ    それもないな。

カズヤ    え?

アヅマ    だってさ。

カズヤ    何ですか。

アヅマ    (黒板を見て)……この線で行くと、定期入れの中に強請りのネタがあって、犯人はそれを奪うために殺したってわけだろ。

カズヤ    犯人も犯行の動機の問題も全部解決するでしょ。

アヅマ    おかしいじゃないか。

カズヤ    どこがですか。

アヅマ    Aさんがこう、倒れてるだろ。(倒れる)

カズヤ    うん。

アヅマ    で、犯人が近づいてくる。カツ、カツ、カツと。それで?

カズヤ    それで……(アヅマに近づき)上着のポケットから、定期入れを抜き取って。(抜き取るマネ)中身を確認して、そのまま持ち去る。

アヅマ    何で中身だけ持っていかねえんだよ。

カズヤ    それは。

アヅマ    定期入れがなくなってたら、怪しまれるんだろ。何で置いていかねえんだ。

カズヤ    だから、それは、そのときちょうど誰かが近づいてくる気配がして、慌てて持ち去ったとか。

アヅマ    人気のない道だって言ったろ。

カズヤ    でも叫んだんでしょ、「助けてくれ」って。

アヅマ    車に追い回されて走りながら叫んだって、大してでかい声は出ねえよ。聞こえるとしても隣の神社が関の山だ。だけどそこだって神主もいねえボロ神社だし。

カズヤ    だったら神主がいることにしたらいいじゃないスか。

アヅマ    うちの近所には神主のいる神社なんかねえよ。

カズヤ    いや、だから。

アヅマ    それに、第一、定期入れなんか持ってねえもん。

カズヤ    は?

アヅマ    Aさんは歩いて通勤してたんだよ。そういう設定なの。だから定期自体、持ってないの。

カズヤ    じゃあ別に定期入れじゃなくても。

アヅマ    そもそもさ、Aさんが政治家を強請ってたってとこから無理があるよ。何てこともない、平凡なサラリーマンの若造だぜ。どうやって政治家のスキャンダルなんか写真に撮るんだよ。

カズヤ    そんなの、被害者のプロフィールをちょっと変えれば済む話じゃないスか。

アヅマ    嫌だよ。せっかく考えたんだから。

カズヤ    ……。

 

              カズヤ、憮然としてメモした黒板の字を消す。

「A」のそばに「平凡なサラリーマン」「若者」「徒歩通勤」と書き加える。

 

カズヤ    ……実は大金持ちの息子だったって設定はナシですか。

アヅマ    Aさんが?

カズヤ    生き別れになってた父親が資産家で、つい最近死んで、遺産が転がり込むことになってたとか。

アヅマ    ないね。

カズヤ    (「貧乏」と書き足す)

アヅマ    いたって真面目で善良な若者だ。

カズヤ    (「善良」と書き足す)……これじゃ殺される理由がありませんよ。

アヅマ    いるだろ世の中には。何も悪いことしてないのに殺されたりするやつって。

カズヤ    あんまりいないでしょう。

アヅマ    そうなの? じゃ、何、殺されるやつは、みんな殺されるようなことをしてるってわけか?

カズヤ    そんなこと言ってないスよ。

アヅマ    いじめが起こるのは、いじめられる側に問題があるのか?

カズヤ    何の話スか。

アヅマ    Aさんは被害者だぞ。ただ平凡に生きていただけなのに、ある日突然未来を奪われたんだぞ、かわいそうだと思わないのか。

カズヤ    だけど他人に恨まれるような立場でも性格でもない人を、誰がわざわざ殺すって言うんですか。人違いで殺されたっていうなら別だけど。

アヅマ    人違い?

カズヤ    嫌なんでしょ、どうせそれも。

アヅマ    嫌だね。

カズヤ    だったら、もう思いつきませんよ。Aさんが死んだのはただのひき逃げです。不幸な事故ですよ。ま、小説にはなりませんけどね。

アヅマ    おまえな、真面目に考えろよ。

カズヤ    考えてるのに、先輩がすぐいちゃもんをつけるんじゃないスか。

アヅマ    出てくる案がイマイチなんだから仕方ねえだろ。

カズヤ    あ、そうですか。じゃあ自分で考えてください。俺は小説ができようとできまいと、もともと関係ないんだから。

アヅマ    ああ、わかったよ。もうおまえには頼まねえよ。

カズヤ    じゃ、出てください。鍵閉めますから。

アヅマ    ……。

カズヤ    先輩。

アヅマ    (笑う)

カズヤ    アヅマ先輩?

アヅマ    考えてみればおまえぐらいだな。俺を先輩って呼ぶやつは。

カズヤ    何なんですか。

アヅマ    悪かったよ。ホント、関係もねえのに、協力してくれてるんだもんな。文句ばっかり言って悪かった。

カズヤ    そんな、いきなり下手に出られても。らしくないスよ。

アヅマ    何かもう一つ、ピンと来ないんだよ。だけどきっと答えがあるはずなんだ。ただ普通に暮らしてただけのAさんが、ある日突然殺されなけりゃならなくなった、その納得の行く理由がさ。

カズヤ    ……納得できるような理由なんて、ないと思いますけど。殺人の動機なんて、どうせ理不尽なものに決まってるんだし。

アヅマ    かもな。

カズヤ    世の中には、自分の都合のために平気で人をだましたりするやつがごろごろいますからね。まあ、そうは言っても、殺して得になるようなことでもなければ、誰も人なんか殺さないだろうけど……待てよ。殺して得になる……。

アヅマ    何。どうした。

カズヤ    先輩。Aさんは、上司に付き合わされて遅くなったんでしたっけ。

アヅマ    ん? ああ。

カズヤ    そうでなければ、真夜中にそんな危ない道を通ることもなかった。

アヅマ    まあ、そうだな。

カズヤ    その上司の設定は決まってるんですか。いい人ですか、悪い人ですか。

アヅマ    設定? うーん、いつもいばりちらしてるタヌキオヤジってとこかな。

カズヤ    なるほど。そのオヤジが怪しい。

アヅマ    どういうことだよ。

カズヤ    先輩。Aさんは会社ぐるみの陰謀に巻き込まれたんですよ。

アヅマ    陰謀!?

カズヤ    そう、Aさんの勤めている建設会社は、実は裏で不正をやってるんです。ヤミ献金とか。

アヅマ    ヤミ献金。

カズヤ    ところがそれが検察庁に嗅ぎつけられた。会社は何とかして、事実を隠そうとする。そこでまだ若くってよく事情を知らないAさんを利用したんです。Aさんが金を横領してたことにして、不正な金の動きをごまかそうとしたんですよ。

アヅマ    ちょっと待てよ。それで何で殺されなきゃならないんだよ。

カズヤ    だってAさんは何もしてないんだから、勝手に罪をなすりつけられたら黙っていないでしょう。死人に口なしですよ。とにかく殺してしまえば、金を横領していた証拠なんか後からいくらでもでっち上げられる。

アヅマ    ということは、Aさんを殺したのは……。

カズヤ    上司か、別の人だとしてもどっちみち会社の人間ですね。まず、例の上司が何も知らないAさんを飲みに連れて行く。帰る時間を遅くさせるのと、それから、酔わせて犯行をやりやすくするためです。Aさんは狙い通り、ほろ酔い気分で、真夜中に人気のない小道を通りかかる。そこで待ち伏せをしていた犯人が、ひき逃げに見せかけてAさんを殺害した。

アヅマ    マジかよ……。

カズヤ    それならAさんは善良な小市民のままですよ。いい人だったからこそ、悪いやつに利用されて殺された。筋は通ってるでしょ。

アヅマ    通ってるな。確かに。だけどさ、カズ。

カズヤ    また何か不満なんですか?

アヅマ    いや、ただ……そうだとしたら。

カズヤ    え?

アヅマ    悲劇だな。

カズヤ    殺人事件ってのは、大抵の場合悲劇ですよ。

アヅマ    そうか。そうだよな。なるほどな、会社ぐるみの陰謀か。何の罪もない社員を犠牲にしたんだな。恨むなら会社か。そうだったのか……(立ち上がって)よし、わかった!

カズヤ    え。

アヅマ    サンキュー、カズ。助かった。

カズヤ    いいんですか、今ので。

アヅマ    あとは自分で何とかする。

カズヤ    書けそうですか。衝撃のデビュー作。

アヅマ    もう完璧よ。俺の頭の中じゃ、何もかも全部つながった。

カズヤ    ホントかなあ。

アヅマ    よーし、そうと決まれば。

カズヤ    帰るんですか。

アヅマ    おう。じゃあな。

カズヤ    職員室とか寄ったりしないんですか? 先輩?

 

              アヅマ、退場。

 

カズヤ    ったく……相変わらずだなあ。(時計を見て)やべえ。

 

              携帯電話の着信音。

 

カズヤ    何だよ、忙しいのに。(出て)もしもし? 何? 覚えてるっていうか、さっき会ったよ。うん。は? 何言ってんの。ちょっと俺急いでるからさ、悪いけど切るよ。

 

              話しながら、カズヤ、荷物を持って退場する。


<二>

 

              半暗。

              アヅマが登場し、ラジカセのスイッチを入れる。部室を眺めながらうろうろする。

やがて腰掛けて、部室にある推理小説を手に取り、読み始める。

              ……だがすぐに、読みかけのまま、眠り込んでしまう。

              照明がついて、カズヤ登場。

 

カズヤ    ……。

 

              カズヤ、荷物を置くと、ラジカセをアヅマの耳元に寄せ、音量を上げる。

              アヅマ、驚いて飛び起きる。

 

アヅマ    うわあっ。何だ何だ。

カズヤ    先輩。

アヅマ    (身構える)……おお、何だ、カズか。昨日は世話になったな。

カズヤ    どこから入ったんスか。

アヅマ    へ?

カズヤ    鍵、閉まってたでしょ。どこから入ったんですか。

アヅマ    何おまえ、部長のくせに部室に忍び込む方法も知らねえの。

カズヤ    部長らしいこと一つもしなかったくせに、何でそういうとこだけ詳しいんだよ。

アヅマ    しかしすげえな。

カズヤ    何がスか。

アヅマ    (箱を指し)その中に入ってる本も、全部同好会のもんだろ?

カズヤ    ええ、まあ。

アヅマ    よく集めたな。

カズヤ    集めたって言っても、別に金出して買ってるわけじゃないスよ。みんなで読み終わったのを持ち寄ってたら、いつの間にかたまっちゃったんですよ。

アヅマ    へーえ。

カズヤ    うちは貧乏ですからね。って、何かこの説明、現役のときにもした覚えがあるんですけど。

アヅマ    これ箱ごと古本屋持ってったら、ボロ儲けじゃねえ?

カズヤ    あのときも同じこと言ってましたよ。ホント、変わってないスね。

アヅマ    それほどでも。

カズヤ    ほめてませんよ。で、今日は何なんスか。

アヅマ    何って?

カズヤ    まさか小説の続きを考えろって話じゃないでしょうね。

アヅマ    小説? ああ、あれね。

カズヤ    あのおかげで昨日、俺、バイト遅刻したんですからね。もう勘弁してくださいよ。

アヅマ    悪い悪い。今日は頼みごとはねえよ。帰る前に、ちょっと寄っただけだから。

カズヤ    昨日もちょっと寄っただけって言ってましたけど。

アヅマ    今度はホントだって、信用ねえな。

カズヤ    それじゃ、あの話はあれで、本当にいいんですね。

アヅマ    おかげですっきりした。ありがとな。

カズヤ    ……何かそう素直に出られると、かえって気持ち悪いなあ。

アヅマ    (袋を取り出し)ほら、やるよ。

カズヤ    ホントに買ってきたんですか。タイヤキ。(受け取って)何か冷たいんですけど。

アヅマ    気にするなって。

カズヤ    ……。

アヅマ    食えよ。せっかく持ってきたんだから。

カズヤ    後にします。家で温め直してから。

アヅマ    あ、そう。

 

              カズヤ、カバンから本や新聞などを出す。

 

カズヤ    まさか先輩、本気で会社やめて作家になろうとか、考えてないですよね。

アヅマ    だとしたら?

カズヤ    あきらめた方がいいと思います。

アヅマ    趣味で書くだけにしとけって?

カズヤ    それもできればやめた方がいいと思います。

アヅマ    何でだよ。

カズヤ    人に迷惑をかけるから。

アヅマ    おまえな、仮にも俺は元部長……何やってんだよ、それ。

カズヤ    (新聞を切り抜いている)朝刊で今、連載小説やってるんです。内田京太郎の。

アヅマ    へえ、内田京太郎。

カズヤ    無理に知ってるふりしなくてもいいスよ。

アヅマ    バカ、知ってるよ。(本を一冊手に取り)これ書いた人だろ。『札幌ラーメン殺人事件』。

カズヤ    読んだんですか。

アヅマ    さっき読んだよ。最初のページだけな。で、何、それ、わざわざ切り抜いてるのか。

カズヤ    今、バカにしたでしょ。

アヅマ    そのうち本になって出るんだろ?

カズヤ    だから貧乏なんですよ、うちの同好会は。

アヅマ    ふーん。……これ、今日の朝刊か?

カズヤ    そうですよ。

 

              カズヤ、切り抜いた紙を、部室に置いてあった切り抜きの束に加える。

              アヅマ、新聞を開き、読み始める。

 

アヅマ    他のOBとかさ。

カズヤ    はい?

アヅマ    来たりしないの。

カズヤ    来ても面白くないみたいなんですよね、うちの場合。

アヅマ    だろうな。

カズヤ    自分たちの後を継いで頑張ってる姿とかを見たいわけでしょ、OBが部室に遊びに来るのって。

アヅマ    そういうのは期待できねえよな。

カズヤ    来たって本を読んでるか、(切り抜きを見せて)こんなことをしてるかですからね。それでも、ヤマグチ先輩が二回くらい来たかな。あ、あとエリコ先輩が。

アヅマ    エリコ? って、ホンダエリコ?

カズヤ    夏休み前に来て、読み終わった本を何冊か置いてってくれたんスよ。その辺にあるのとかそうですよ。

アヅマ    大学に行ったんだよな。

カズヤ    元気そうでしたよ。

アヅマ    まだ、ヤマグチ先輩と付き合ってるのかな。

カズヤ    いや、卒業してから別れたとか……。

アヅマ    マジで?

カズヤ    あ、喜んでる。

アヅマ    バカ、喜んでねえよ。(新聞を見て)ほう、今年の紅葉はキレイらしいな。

カズヤ    ミステリーなんかちっとも興味ないくせに、エリコ先輩がいるからって同好会に入ったんですよね。先輩は。

アヅマ    (あくまで新聞を見る)ろくなニュースがねえよなあ。近頃は。まったく。

カズヤ  エリコ先輩がヤマグチ先輩と付き合うようになってからなんですってね。部室に顔見せなくなったのって。

アヅマ    (新聞に見入っている)……。

カズヤ    そう言えば、エリコ先輩、アヅマ先輩のこと気にしてましたよ。東京でちゃんとやってるかなって。

アヅマ    ……。

カズヤ    今は付き合ってる人はいないって言ってたけど。

アヅマ    ……。

カズヤ    先輩?

 

              アヅマ、新聞を見つめたまま、放心したように黙っている。

 

カズヤ    先輩。

アヅマ    (顔を上げる)……ああ。何だって?

カズヤ    どうかしたんスか。

アヅマ    え……ああ、(新聞を畳み)いや、何でもない、何でもない。

カズヤ    変な記事でも載ってたんですか。

アヅマ    何でもないって。

カズヤ    だって何だかおかしいスよ。

アヅマ    そんなことよりカズ。Aさんのことだけどな。

カズヤ    え?

アヅマ    Aさんだよ。会社の不正をごまかすために犠牲になった。

カズヤ    何なんスか、いきなり。

アヅマ    もっとでかい陰謀にならないかな。ヤミ献金なんてセコイ話じゃなくてさ、そうだな、麻薬の密輸とか。

カズヤ    ちょっと待ってください。

アヅマ    あと、昨日の話じゃ、何も知らないで殺されたってことになってたけど、それじゃあんまりにも悲しいよな。実は何もかも知ってて、口封じに殺されたってことにしたらどうだ? Aさんは会社が裏でやってることに感づいて、正義のために戦っていた。

カズヤ    それじゃ、被害者の設定が変わっちゃいますよ。

アヅマ    いいよちょっとぐらい。

カズヤ    昨日はあんなにこだわってたのに。

アヅマ    Aさんは右も左もわからない新入社員のふりをしながら、ずっと真相を探ってたんだ。そしてようやく、会社の連中が麻薬シンジケートと裏取引している現場を突き止めて、証拠をつかんだ。だが、告発する寸前に、敵の罠にかかった……。ひき逃げに見せかけて、この世から抹殺されたんだ。

カズヤ    先輩。

アヅマ    そうだ、死ぬときにダイイング・メッセージを残していくってのも悪くないな。

カズヤ    先輩ってば。

アヅマ    何だよ。

カズヤ    今日はもう小説の話はしないんじゃなかったんスか。昨日のあれでいいって、さっき。

アヅマ    気が変わったんだよ。

カズヤ    どうして急に。

アヅマ    あ、暗号作りはおまえに任せるからさ。できるだけイカスやつ頼むな。

カズヤ    何ですか、暗号って。

アヅマ    ダイイング・メッセージだよ。聞いてなかったのか。

カズヤ    先輩こそ俺の話全然聞いてないでしょ。

アヅマ    さて、問題は主人公をどうするかだな。やっぱり刑事かな、でも今は警察っていってもイマイチ信用できねえしな。だけどシロウト探偵にこの重大事件を任せるってのも不安だよな。(カズヤを振り返り)どうしよう、カズ?

カズヤ    ……。

アヅマ    そうか、カズ。おまえは天才だ。

カズヤ    俺、何も言ってないスよ。

アヅマ    おまえの顔を見たら思いついた。主人公は高校生探偵だ。

カズヤ    高校生?

アヅマ    モデルはおまえだ。

カズヤ    俺が?

アヅマ    そうだ。ちょうど事件現場の近くに私立高校があるから、おまえ、そこの学校に通ってることにしてやる。

カズヤ    してやるって。

アヅマ    おまえはある朝、学校に行く途中、いつものように神社の脇の小道を自転車で通りかかった。すると何やら警察が来て人だかりができてる。ちょうどAさんの遺体が発見されて、通報された後だったんだ。ひき逃げに遭ったらしいという話が聞こえてくるが、おまえはこれが殺人事件だと直感する。そしておまえは心に誓う。「気の毒なAさんのためにも、俺が必ずこの事件の謎を解いてみせる」

二人       「ジッチャンの名にかけて!」

カズヤ    思いっきりパクリじゃないですか。

アヅマ    気にするな。

カズヤ    俺のじいちゃんは余市のリンゴ農家ですよ。

アヅマ    で、その金田一カズヤの天才的な推理によってだな。

カズヤ    だからもう少しひねりましょうよ。

アヅマ    いいじゃねえかよ。Aさんの無念を晴らしてやってくれよ。

カズヤ    そんな名前さえわかんない人の無念なんか晴らせませんよ。

アヅマ    名前? ああ、そうか、名前か。うっかりしてたな。何がいいかな。何しろ正義のために戦って殺された悲劇のヒーローだからな、カッコイイ名前がいいよなあ。

カズヤ    何か知らない間にずいぶん話が変わっちゃってますね。平凡なサラリーマンが悲劇のヒーローになるなんて。

アヅマ    その方が盛り上がるだろ。

カズヤ    そうかもしれないけど。

アヅマ    せっかくだから悲劇のヒロインも登場させるか。Aさんに美人の恋人がいたことにしてさ。主人公と一緒に犯人を追うんだ。おまえのところに事件を解決してくれるよう頼みに行くはずだから、よろしく頼むわ。

カズヤ    そう言われてもなあ。

アヅマ    待てよ。いや、違うな。

カズヤ    今度は何ですか。

アヅマ    やっぱりヒロインはおまえのところには行かない。主人公とは別に、犯人を捜して追い詰める。復讐劇だ。

カズヤ    復讐劇。

アヅマ    そう、Aさんの葬式で泣き崩れた後、心に誓うんだ。「わたしがあなたのカタキを討つわ、天国からわたしを見守っていてね」。それで、犯行に関わった会社の人間を次々と血祭りに……。

カズヤ    それじゃ連続殺人じゃないスか。

アヅマ    おう。もうこうなったら行くとこまで行くしかねえ。

カズヤ    その辺でやめておいた方がいいスよ。あんまりドラマチックにすると現実味がなくなりますよ。

アヅマ    現実味?

カズヤ    やっぱり小説にはリアリティがないと。

アヅマ    じゃあ何か、現実に起こりそうなことをそのまま書けってのか。男がひとり道端で倒れて死んでました、調べてみるとひき逃げでした、犯人は飲酒運転の車でした、それで小説になるのか。どこが面白い?

カズヤ    いや、何もそこまでは。

アヅマ    いきなりだぞ。いきなり見ず知らずの車が追っかけてきて、何が何だかわからねえうちに殺されちまうんだぞ。そこで人生、全部終わりなんだぞ。それを。

カズヤ    先輩?

アヅマ    ただの……ただのひき逃げなんて片づけられちゃ、死んだやつが浮かばれねえじゃねえかよ。

カズヤ    (何か思い当たったように)先輩。

アヅマ    ……。

カズヤ    もしかして、誰か、車にひかれて……?

 

              携帯電話の着信音。

 

カズヤ    すいません。(出る)もしもし? ああ、昨日はごめん。バイトに遅れそうだったからさ。悪いけど今もちょっと……え? まだ言ってるのかよ、悪い冗談は……は? 朝刊?

 

              カズヤ、アヅマを振り向く。

              アヅマは黒板に話の展開をどんどん書き足している。

              カズヤ、新聞を手に取り、開く。

 

カズヤ    まさか。ないよ。え? 今日の朝刊だろ。ないって。そんな記事あるわけが……あ。(記事に見入る)「飲酒ひき逃げ犯人が自首 東京」……? 町田市で三日、男性が遺体で発見された事件で、同市内に住む無職・山田昭雄容疑者(三十六歳)が同日午後八時ごろ町田西署に自首し、同署は業務上過失致死と道路交通法違反容疑で逮捕した。調べでは、山田容疑者は三日午前一時すぎ、酒に酔って車を運転し、町田市相原町の路上で、近くに住む会社員・(あづま)……。

 

              アヅマはまだ黒板に向かっている。だが、彼の周囲はいつの間にか薄暗い。

 

カズヤ    (りょう)さん(十九歳)を……、はねて死亡させ、逃走した疑い。山田容疑者は、「人をはねたことに気づいて一度車を降りたが、怖くなって逃げた」と供述しているという……。

 

              カズヤ、電話を切る。

 

アヅマ    見ろよカズ、ずいぶん出来上がってきたぞ。こりゃ大作になるなあ。でも何せ人が一人死ぬんだからな、これくらいドラマがあって当然だよな。あ、そうだ、ついでだからおまえにもカノジョ作っといてやったぞ。上戸彩似だ、文句はねえだろ。

カズヤ    ……。

アヅマ    おい、聞いてるのか。

カズヤ    ……。

アヅマ    カズ。

カズヤ    聞いてますよ。

アヅマ    だけど、こうしてみると意外に面白いもんだな、ミステリーって。

カズヤ    そうですか。

アヅマ    こんなんだったら、俺、現役のときにもっと来ておくんだったなあ。別に忙しいわけでもなかったんだし。おまえもな、声かけてくれりゃよかったんだよ、しょっちゅう廊下で会ってたんだからさ。

カズヤ    アヅマ先輩……。

アヅマ    ん?

カズヤ    ここに何しに来たんですか。

アヅマ    何?

カズヤ    ……。

アヅマ    どうしたんだよ。

カズヤ    先輩は、今、ここにいますよね?

アヅマ    何だそりゃ。

カズヤ    生きてますよね?

アヅマ    ……。

カズヤ    ……。

アヅマ    バーカ。

 

              アヅマの周囲が闇に包まれる。両人とも、しばしの沈黙。

              やがてカズヤ、静かに座る。

 

カズヤ    つまり……アヅマのAだったわけだ。

アヅマ    Aさんってのはおまえが最初に言い始めたんだぞ。

カズヤ    そうでしたっけ。

アヅマ    そうだよ。

カズヤ    ……。

アヅマ    びっくりしたか?

カズヤ    ええ、まあ。

アヅマ    悪かったな。

カズヤ    変だと思ったんですよ。先輩が来るなんて。

アヅマ    俺、ホントに現役のころは寄りつかなかったからな。

カズヤ    ホントですよ。

アヅマ    今さらだよな。

カズヤ    ……。

アヅマ    何であのころ、もっとちゃんと出て来なかったんだろうな。

カズヤ    ……。

アヅマ    今さらだよな。

カズヤ    でもこうして、卒業してから来てくれたじゃないスか。うれしかったですよ、俺。

アヅマ    よく言うよ。

カズヤ    いや、マジに、うちの同好会は、めったにOBなんか来ないから。ま、現役の部員も顧問もめったに来ないけど。

アヅマ    ……。

カズヤ    そういう部活なんですよ、ここは。

アヅマ  (笑って)そうか。

カズヤ    それより先輩。

アヅマ    ん。

カズヤ    俺が書きますよ。

アヅマ    え?

カズヤ    その小説。

アヅマ    その方がいいかもな。俺、国語赤だからな。

カズヤ    (ノートを取り出し)結局、名前はどうします? アヅマリョウでいいですか?

アヅマ    そうだな……。

カズヤ    あんまり、悲劇のヒーローって雰囲気ないけど。

アヅマ    余計なお世話だ。いいよ、決まってないところは全部おまえに任せるよ。

カズヤ    ちゃんとAさんの無念は晴らしてみせますから。

アヅマ    ああ。

 

              カズヤ、ラジカセのスイッチを入れる。

              それから、ノートにペンを走らせる。

 

アヅマ    一つだけ、注文があるんだけどさ。

カズヤ    何スか。

アヅマ    Aさんの恋人の設定。美人女子大生ってことにしてくれねえかな。

カズヤ    女子大生。

アヅマ    うん。

カズヤ    (笑う)

アヅマ    何だよ。

カズヤ    わかってますよ。

アヅマ    え?

カズヤ    名前は「エリコ」でしょ?

 

              闇の中から、アヅマの笑い声。

              カズヤも笑う。

              音楽が次第に大きくなり、アヅマの声がかき消される。

――幕――