ESCUDO HUNTthe 17th

エスクード・ハント/ザ・セブンティーンス

 

二条千河

 

 

登場人物      藤谷(「エスクードハンターズ」チーフ)

エスクード河野辺

黒猫ペセタ

哲多(「エスクードハンターズ」団員)

団員1(ジョージ)

団員2(マオ)

アリサ

石川ルパン

ロバート鈴木警部

警官達の声

猫達の声

 

時代                

 

場所                

 

 

 

 


○プロローグ

 

   警官達の足音、ざわめきと共に緞帳上がる。舞台は闇。

   「怪しい奴はいたか」「暗いぞ、明かりは」「銃弾が落ちています」……。

   やがて一際高く、硬い足音が響く。

 

ロバートの声 誰だ!

 

   鋭く、舞台中央にライトが当たる。

   そこにはエスクード河野辺が立っている。

 

ロバートの声 エスクード……!

 

   エスクード河野辺、身を翻し、走り去る。

   続いて黒猫ペセタ、通り過ぎる。

 

ロバートの声 逃がすな! 追え!

 

   光の輪がエスクード河野辺の姿を探して動く。

   警官達の足音が、やがて遠退いていく。

 

 

○「エスクードハンターズ」事務所

 

   照明。

   中央にドア。大きな机にいくつかの椅子。全体的に雑然としている。

   部屋の隅に、未開封の手紙の山が入った箱が積まれている。

   団員2が一人座り、雑誌を読みながら菓子を食べている。

   ドアの向こうからバタバタと足音がして、団員1が駆け込んでくる。

 

団員1 チーフ、大変です! ……あれ? チーフ、いないんですか? チーフ、藤谷さーん!

団員2 どうしたの、そんなに慌てちゃって。

団員1 チーフは?

団員2 哲ちゃんと一緒にトレーニングに出かけたけど。

団員1 トレーニング?

団員2 そう、そこに置いてあるでしょう。

団員1  (机の上の本を手に取り)……『カンフー入門』? ……『君もアクションスターになれる』……『ヌンチャクの使い方』……。これって。

団員2 ほら、この前の事件の時、エスクード河野辺がやってたでしょ、カンフー。警官をバッタバッタとなぎ倒して、新聞の一面に載ったじゃない。

団員1  まさかそれに対抗して?

団員2  昨日からね。

団員1 本当、懲りないなあ。いつだったっか、空手の練習してた時もあったよね。

団員2 乗馬に走り高跳び、フェンシングの時もあったわ。あと、手品ね。

団員1 そうそう、確かピストルから万国旗出して、エスクードを絡め捕ろうとして。

団員2 自分の足に引っかかって大転倒!

 

   団員1・2、笑う。

 

団員1 すぐムキになるんだもんな。どうせすぐ挫折するのに。

団員2  チーフ、あんまり器用じゃないのよね。あれで本当に警部だったの?

団員1 そうなんだよね。実はエリートなんだよね。そうは見えないけど。

団員2 やめた理由って、やっぱりあれでしょ、エスクード河野辺なんでしょ? 他の事件そっちのけでエスクードばかり追ってて、それで――。

団員1 クビになったわけじゃ、ないんだよね。

団員2 え? 何、自分からやめたってこと?

団員1 だってさ。

団員2 もったいない。

団員1 意地になっちゃったんだろうね、ああいう人だから。エスクード河野辺の逮捕に専念するって一人で飛び出して、退職金つぎ込んでこの事務所を開いて。それ以来ずっと。

団員2 もう二年もやってるのね。

団員1 来月でちょうど二年だね。二年間、十六戦中十六敗、白星なし。

団員2 相手が悪いわよ。だってあのエスクード河野辺よ、世紀の大泥棒で、ファンクラブがあるくらいの人気者でしょ。それに比べてこっちは何?  そこの手紙の山だって、冷やかしか脅迫状ばっかり。

団員1  何かまた増えてるね。

団員2 大体「エスクードハンターズ」なのに、エスクードを捕まえるどころか、犯行を防ぎきったことさえないなんて。

団員1 そう言うなよ、僕達だってその「エスクードハンターズ」のメンバーなんだからさ。

団員2 そうなのよね……。お茶飲む?(ヤカンから器に茶を注ぎ)もう冷めちゃったかしら。

団員1 ありがとう。

団員2 (菓子を勧めながら)奥さんの実家に帰ってたんですって? 

団員1 うん、ついさっき帰ってきたところ。

団員2 ついさっきって……。

団員1 あれ、ねえこれってチョコレート煎餅じゃないか。どこに売ってたの?

団員2 エスクード河野辺が送ってきたのよ。チーフの大好物だって知ってて。

団員1 余裕だな。敵に塩を贈る、か。

団員2 単にからかわれてるだけのような気もするけど。(紙片を取り出し)これ見て。昨日、チョコ煎餅と一緒に送られてきたの。

団員1 恒例の予告状か。(受け取って)「親愛なる『エスクードハンターズ』の諸君へ十七番目の警告―明日午後十一時二十分、ジュエリー北斗本店より、最高級ダイアモンドリング『ウペペサンケの涙』を頂戴する」。……? 

団員2 ねえ、どうでもいいけどウペペサンケって何なのかしら。

団員1 これ、昨日送られてきたって?

団員2 そうだけど?

団員1 昨日送られてきた予告状に明日って書いてあるんだから、つまり事件が起こるのは……。

団員2 今夜の十一時二十分。だからチーフも哲ちゃんも張り切ってトレーニングに出かけたのよ。どうしたの?

団員1 おかしいよ。それじゃ、ゆうべの事件は。

団員2 ゆうべの?

団員1 やっぱり知らなかったんだ。いや、僕もついさっき、駅を出たところで偶然、ほらあの人、ロバート鈴木警部に会ってね、そこで初めて知ったんだけど。

団員2 何のこと? 何かあったの?

団員1 いや、それがね。

 

   突然、派手な音楽と共に、藤谷と哲多が飛び込んでくる。

 

藤谷      ホワチョーォ!

哲多      ハァアッ!

 

   が、その動きは極めて鈍い。

   二人はしばらく「チュウゴクゴ」で叫びながらカンフーの真似事をする。

   半分ほど開いたままのドアから、黒猫ペセタが中を覗き込んでいる。

   やがて、どう考えても当たらないはずの藤谷の回し蹴りに当たって、哲多が倒れ、

「チュウゴクゴ」で断末魔の叫びをあげる。

   藤谷、「チュウゴクゴ」で決めの台詞を吐き、勝利のポーズをとる。

 

団員1 ……。

藤谷      ふう、よし哲ちゃん、今日はこれぐらいにしておこう。

哲多   そうっスね。ああ、いい汗かいた。藤谷さん、さすが上達が早いっスね。

藤谷   いや君だって、昨日と比べたら別人みたいじゃないか。

哲多   早く実戦で試してみたいなあ。

藤谷   ああ、今夜が楽しみだ。

団員2 チーフ、お茶飲みます?

藤谷   ありがとう、お願いするよ。

 

   団員2、ヤカンから器に茶を注ぐ。

   ドアからそっとペセタが入ってくるが、誰も気づかない。

 

団員1 チーフ。

藤谷   やあ、来てたのか。どうだい、君も一緒にトレーニングするかい?

団員1 本気でエスクードと闘うつもりなんですか、カンフーで。

藤谷  もちろん。もしエスクードがまたあの手で逃げようとしたら、今度は私がこう(構える)奴の前に立ちはだかる。私の気迫に敵がひるんだところを、いきなりハイキックをお見舞いし、一発KOというところかな。

団員1 ……。

藤谷   心配しなくても大丈夫。相手は女だ。多少の手加減はするつもりだよ。

哲多   さすが藤谷さんは紳士っスね。俺、感動しました。

藤谷   いや、そう言われると照れるな、はっはっは。(団員1の視線に気づき)……冗談だよ。でもいずれは。

団員2 (茶を差し出し)チーフ、どうぞ。はい、哲ちゃんも。

藤谷   サンキュー。(茶をすすって)はー、運動の後の冷たいお茶はまた格別だなあ。

哲多   最高っスよね。

団員2 あ、やっぱり冷めちゃってる?

藤谷   これがまたチョコレート煎餅によく合うんだ。

 

   藤谷、チョコレート煎餅の缶を手で探るが、空である。

 

藤谷   あっ!

団員1 どうしました?

藤谷   私のチョコ煎餅がない。

団員2 え?(箱を見て)あら、本当。

藤谷   誰が食べたんだ。

団員1 僕じゃないですよ。僕、まだ一つも食べてないんです。

団員2 わたしでもないですよ。ちゃんとチーフの分、残しておきました。

藤谷   トレーニングの後の楽しみにとっておいたのに。

団員2 哲ちゃん、知らない?

哲多   知らないっスよ。でも確かトレーニングの前までは、何枚か残ってたような。

団員2  十六枚入りでしょ、昨日のうちにわたしとチーフと哲ちゃんで半分食べて、さっきわたしが……。

 

   どこからか、煎餅をかじる音が聞こえてくる。

 

全員   ……?

 

   藤谷、他の三人を振り返る。三人、首を横に振る。

   音によく耳を傾けてみると、部屋の隅から聞こえてくるようである。

   藤谷が、手紙の入った箱をよける。

   そこではペセタが、煎餅の最後の一欠片を口に運んでいる。

 

全員   あっ!

哲多   おまえはペセタ!

藤谷   私のチョコ煎餅を……!

 

   ペセタ、煎餅を口に入れ、ゆっくりと飲み込む。

 

ペセタ       ご機嫌よう、「エスクードハンターズ」の皆様。いつもいつも無駄な努力ばかり、ご苦労なことですわね。ともあれここは平和そうで何より。

哲多   エスクード河野辺の飼い猫が、どうしてこんな所にいるんだ。

藤谷   そうだ、しかもなぜ私のチョコレート煎餅を食べてるんだ!

ペセタ エスクード様があなたのような無能な人間にお土産をお送りになるなんて、あまりにもったいないからあたくしが食べてさしあげただけの話ですわ。何か文句がございまして?

藤谷   ……泥棒猫め。

哲多   猫は猫らしく、鰹節でもかじってろ!

 

   ペセタ、哲多の頬を爪で引っかく。

 

哲多   痛っ!

ペセタ 猫だからといってバカにすると承知しませんわよ。

藤谷   何しに来たんだ、おまえは。

ペセタ 他でもございませんわ、昨夜の事件のことで。

藤谷   昨夜の事件?

団員1  そうだった、チーフ。昨日、盗まれたんですよ、例のあの指輪が。朝刊読みましたか?

藤谷   いや……今日は新聞屋が休みだから。

団員1 臨時で発刊しているはずです。

団員2 そうなの? 新聞受けを見てきます。

 

   団員2、退場。

 

藤谷   (団員1に)どういうことだい?

ペセタ (肩をすくめる)

団員1 チーフのお友達の鈴木警部に聞いたんです。ゆうべ、ジュエリー北斗が襲われて、「ウペペサンケの涙」が奪われたって。

藤谷   そんな。予告状では、今夜の十一時二十分になっていたはず。

ペセタ つまりそれはエスクード様の犯行ではないということですわ。

団員1 ……警部は、現場でエスクード河野辺が逃走するところを目撃したそうです。

 

   団員2、新聞を持って戻ってくる。

 

団員2 大見出しで書かれてますよ。「まさか、あのエスクードが」。

藤谷   (新聞を奪って)「昨夜午後十二時頃、ジュエリー北斗本店内に展示されているダイヤモンドリング『ウペペサンケの涙』他数点の貴金属類が奪われた」……?

団員2 ねえ、どうでもいいけどウペペサンケって。

藤谷   「……殺された警備員は左胸を撃たれており、即死したものと考えられる。現場に残されていたものと合わせて二発の銃弾から、使用された拳銃の割り出しが急がれている。なお、通報によって駆けつけた複数の警察官が、エスクード河野辺、及びその飼い猫のペセタと思われる者が逃げ出すところを目撃しており、……」。

 

   団員2、哲多の頬の手当をしている。

 

藤谷   殺した? エスクード河野辺が、約束の日にちをたがえたばかりか、人殺しまでやったというのか。

団員2 まさか。

哲多   エスクードめ、本性を現したな。

ペセタ エスクード様はそんな卑劣な真似はなさいませんわ。

藤谷   じゃあここに書かれていることは何だ?

哲多   そうだそうだ。あいつは所詮こそ泥、そんな奴のやることなんか、わかるものか。

 

   ペセタ、素早く身を翻し哲多の(先程とは逆の)頬を引っかく。

 

哲多   痛っ!

ペセタ エスクード様の悪口は許しませんわよ!

藤谷   ではなぜ現場にあの女がいたんだ。事件と関わりがないなら、そこにいるはずがないだろう。

ペセタ 誰かがエスクード様を陥れようとしているに違いありませんわ。

藤谷   誰かって誰だ? 言えるのか?

ペセタ それはわかりませんわ。でも。

藤谷   でも何だ?

ペセタ  余計なことは口にするなと、エスクード様から言われておりますわ。詳しいことは、エスクード様から直接お聞きになったら?

藤谷   何、エスクードはここに来るのか?

ペセタ そうですわね、そろそろ……。

 

   藤谷、ヌンチャクを取り出す。

 

団員2 何ですか、それ。

藤谷   一昨日古道具屋で見つけたんだ。

哲多   藤谷さん、例の必殺技っスね。

藤谷   ああ。特訓の成果を見せてやる。いつでも来い、エスクード。

 

   辺りを見回し、気配をうかがう藤谷と哲多。

   事務所内が緊張に包まれている(と、二人は思っている)。

 

哲多   どこだ、どこに隠れている。

ペセタ もういらっしゃっているなんて一言も……。

藤谷   シッ。今、何か気配が……。(慎重に、ドアに近づく)そこにいるのはわかっている。出てこい、エスクード!

 

   開かれたドアの向こうには誰もいない。

 

藤谷   あれ?

哲多   おいおいエスクード、それで隠れているつもりか? 俺達にはお見通しだぞ、さっさと姿を見せろ。それとも飼い猫置いてトンズラか。エスクード河野辺ともあろう者が情けないよなあ。

 

   藤谷はドアの外をうかがい、哲多はいない相手に向かって罵り続ける。

   エスクード河野辺、普通に登場してその様子を眺めている。

   ペセタ、エスクードの傍らに跪く。

   団員1・2がエスクード河野辺に気づく。

 

団員1 チーフ!

藤谷   え?(振り向いて)あっ。

哲多   どうしたんスか。(エスクードを見て)うわっ、いつの間に。

藤谷   エスクード……。

エスクード 久しぶりだね、「エスクードハンターズ」チーフの藤谷君。

藤谷   覚悟!

 

   藤谷、ヌンチャクを振り回す。

 

哲多   見よ、この華麗なヌンチャクさばきを! 藤谷さん、カッコイイ!

 

   が、藤谷、ヌンチャクの先で、思い切り背中を打ってしまう。

 

団員達 あっ。

藤谷   ぐっ……(痛さに声が出ない)。

団員1 チーフ、大丈夫ですか?

哲多   貴様、藤谷さんに何てことを!

エスクード 何が気に障ったのか知らないが、「貴様」呼ばわりは頂けないな。

藤谷   お、おまえ、どこから入ってきた?

ペセタ 愚問ですわね。エスクード様に侵入できない建物などございませんことよ。

エスクード 贈り物は間違いなく届いたかな。チョコレート煎餅と予告状のことだが。

藤谷   届いたが、躾の悪い泥棒猫に、私の分のチョコ煎餅を食われてしまった。

エスクード どういうこと、ペセタ。

ペセタ それは、その。

哲多   (ペセタの真似をして)「あなたのような無能な人間にはもったいないからあたくしが食べてさしあげたのですわ、文句がございまして?」

ペセタ (哲多を睨む)

エスクード ペセタ。

ペセタ 申し訳ございません。でも事実そうでしょう、エスクード様。

エスクード (微笑して)哲多君、だったかな。ペセタが迷惑をかけたようだね。(藤谷に)チョコレート煎餅の方はまた今度旅行した時に送るから、それで許してもらえるかな? 今度は二十四枚入りにしようか。

藤谷   そんなことはどうだっていい。いや、やっぱり二十四枚入りで頼む。

団員2 チーフ。

藤谷   わかってるよ。話してもらおうか、昨日のことを。この新聞に書いてあることは本当なのか。

エスクード 先に「エスクードハンターズ」の見解を拝聴したいものだね。

藤谷   よし、じゃあ私の推理を聞かせてやる。まずおまえはいつも通り、警察と我が「エスクードハンターズ」に予告状を出す。その上で一日早く宝石店へ忍び込む、つまり我々を油断させておいて裏をかく、という作戦だ。

ペセタ そんなこと……(エスクードに止められる)。

藤谷   狙っていた「ウペペサンケの涙」だけでは飽き足らず、欲を出して他の宝石にも手を出した。そこを警備員に見つかり、とっさに発砲した。

ペセタ ばかばかしい。エスクード様がその程度のことで人を殺すはずが。

藤谷   殺すつもりはなかった、そうだな? しかし暗闇の中だ、それに予想外の出来事に動転して手元が狂ったとしても不思議はない。おまえは失敗に慣れていないからな。

エスクード ……。

藤谷   弾丸は警備員の左胸を撃ち抜いた。当然警備員は即死し、おまえは逃げた。いや、その前に、銃声を聞きつけた者の通報で、警察がやってきた。そこで慌てて……。

エスクード 銃声を聞きつけた者の……。

藤谷   何だ?

エスクード いや……。君には私が今までどのような主義を貫いてきたか、わかっているはずだ。一つ、犯行の前に予告状を出す。二つ、予告した内容にたがえるようなことはしない。三つ、人を殺さない。

藤谷   私もそう思っていた。しかしよく考えてみれば、今までの事件だって被害者がいなかったわけじゃない。

ペセタ 本気でおっしゃっているのなら、勉強不足もいいところ。それで「エスクードハンターズ」を名乗るなんて、笑い話にもなりませんわね。

藤谷  そこまで言うなら私の研究成果を見せてやる。ええと……(ファイルを持ち出してくる)そう、例えば今年の二月、ブティックからバッグを盗んだ際、逃走経路途中のレストランの従業員が病院に運ばれている。

哲多   そうだ、この殺人鬼!

エスクード 私を狙って撃った警察の流れ弾が当たって……と、書かれてはいないか?

ペセタ 撃った警官の腕が悪かったのですわ。

藤谷   なら、(ページをめくる)あった、昨年夏に、国立図書館から書物を盗み出した時、警官一人が階段下に頭を打ちつけて意識不明の重体に陥った。

哲多   後ろから突き落とすとは卑怯者め!

エスクード 雨で濡れていて滑ったのだろう。私は触れてもいない。

ペセタ その人間が間抜けなだけですわ。

藤谷   一昨年六月、私が退職する直前だ。事件の騒動に巻き込まれて、通りがかりの八十二歳の女性が死亡した。

哲多   お年寄りを狙うとはなんと卑劣な!

エスクード 君が突然発砲したから、驚いて心臓麻痺を起こしたのではなかったかな。

ペセタ 人殺し!

団員2 え、チーフったらそんなことしたんですか?

団員1 警部なのに。

藤谷   う……ええと……五年前、(咳払い)五年前の春、四人組の盗賊グループ、「フロンティア」におまえがリーダーとして所属していた時の記録だ。襲われたのは大手銀行の支店。忘れ物を取りに戻って犯人グループと遭遇した銀行員とその同僚が撃たれた。二人とも即死と見られる、これはどうだ!

エスクード ……それは。

ペセタ エスクード様ではありませんわ! 

哲多   おまえはその頃まだエスクードに飼われちゃいなかっただろう。

ペセタ  話を聞いておりますわよ。銃を撃ったのは石川ルパンという男、エスクード様にはまったく責任のない……。

エスクード ペセタ、いい。(藤谷に)撃ったのは私ではない、君の言う四人組の一人、つまりは私の同志だった奴だ。

藤谷   証拠はあるのか?

エスクード ない。だが本当だ。

藤谷   仮にその通りだとしても、おまえは共犯者じゃないか。

エスクード 確かに、その通りだ。

ペセタ いいえ、エスクード様のせいではありませんわ。エスクード様は止めようとなさったのですもの。それでも止められなかったから、その直後「フロンティア」を解散して……。

エスクード ペセタ。

ペセタ (黙る)

藤谷   ……。

エスクード 昔の話はともかく、少なくとも昨日、例の指輪を盗んだのは私ではない。不覚にも何者かに先を越されてしまったようだ。

藤谷   ……。

哲多   だまそうったって無駄だぞ。誰がおまえの言うことなんか信じるものか。

エスクード そう思うなら好きにしてくれてかまわない。その間に私は自分の力で真犯人を捕まえるとしよう。

藤谷   誰か、心当たりがあるのか。

哲多   藤谷さん、嘘ですよ嘘。こんな奴の言うこと、信じちゃいけませんって。

ペセタ あなたはお黙りなさい。

エスクード そういうわけで、今夜予定されていた十七回目の事件はキャンセルさせてもらう。それを言いに来た。

藤谷  ただそれだけのために、わざわざおまえがここまで来るわけがない。どういうつもりだ。

エスクード さてね。そろそろ失礼しよう。ペセタ?

ペセタ ええ、確認は完了致しましたわ。

藤谷   確認?

エスクード ではまた会おう、「エスクードハンターズ」の諸君。

藤谷   待て。絶対に証拠を見つけ出してやる。おまえが言い訳もできなくなるような証拠を捜し出して、きっとおまえを逮捕してやるからな。

エスクード ……捜査へのご協力、感謝する。

 

   エスクード河野辺、続いてペセタ、ドアから出ていく。

 

哲多   何なんスかね、あいつら、さんざんバカにしていきやがって。大体泥棒が、よく恥ずかしげもなく白昼堂々と。

団員2 そこが普通の泥棒と違うんじゃない。

団員1 捕まらない自信の表れだよな。

哲多   (手紙の山を見やり)まったく、泥棒のあいつらにファンがいて、悪党退治をしてる俺達に非難の手紙が届くなんて、世の中間違ってますよ。そうっスよね、藤谷さん。

藤谷   ……。

哲多   藤谷さん?

藤谷   あ、ああ。

団員2 それにしてもショックだなあ。

団員1 何が?

団員2 エスクード河野辺がそんなことするなんて。何だか信じられないわ。

哲多   またそんなことを。

団員2 だって、今までこんなことなかったし。

哲多   俺は、あんな猫連れて歩くような奴信じません。

団員1 哲ちゃん、猫嫌いだっけ。

哲多   ペセタが嫌いなんです。

団員2  やっぱり変よ。今回に限って、エスクードらしくないことばかりじゃない。約 束を破ったとか他の宝石も盗んだとかはまだともかく、人を殺したなんていくら何でも。そうでしょう?

哲多   そりゃまあそうスけど……。何かそう言われると、自信なくなるなあ。実際のところ、どうなんスかね。藤谷さん、どう思います?

藤谷   確かに、今回の事件はあまりにエスクードらしくない。

団員2 でしょう?

哲多   じゃあ、真犯人がどこかにいるんスね。畜生、一体どこのどいつが。

藤谷   しかし状況を考えるとエスクードが犯人としか思えない。

団員1 現場にいたっていうのは大きいですよね。

哲多  やっぱり奴が犯人か。あの野郎、俺が退治してやる。うー、久しぶりに燃えてきたなあ。

団員1 哲ちゃん……。

藤谷   すぐに捜査を開始するぞ。

団員2 事件の真犯人を?

哲多   またぁ、エスクードが犯人だという証拠を捜すのに決まってるじゃないスか。 

団員1 今回は、警察に任せた方がいいんじゃないですか?

藤谷   いや。エスクード河野辺に関することを警察には任せておけない。何と言っても私達は「エスクードハンターズ」なんだから。

哲多   その通りっスよ。やっぱエスクードは、俺達の手で捕まえなくちゃ。警察なんかこれっぽっちも頼りにしちゃいけません。ね、藤谷さん。

藤谷   まあ多少は協力してもらおうと思うけど……やはり情報網では警察に勝てないからね。

団員1 じゃ、明日から早速捜査を。

藤谷   甘い。今日これから、だ。

団員2 え、今からですか?

藤谷   もちろん。日没までにはまだ時間がある。

団員1 ……今からだと、だいぶ遅くなりますね。

藤谷   何だい? 何か約束でも?

団員1 え、いや。

団員2 そうですよ、チーフ。彼、奥さんの実家から帰ってきたばかりなんですよ。事件のこと聞いて駆けつけてきたんだから、そうでしょう?

藤谷   そうだったのか。疲れてるのに悪いことしたね。

団員1 いえ、それはいいんですけど。ただ、駅から直接来たものだから……。

団員2 え、じゃあ奥さんは?

団員1 荷物持たせて先に帰らせたんだ。

団員2 あらら、新婚さんなのにいいの?

団員1 それで、できたら今日は早く帰りたいなって。

藤谷   そうか……いいよ。それじゃ、明日からよろしく。

団員1 じゃ、悪いけど失礼します。

 

   団員1、退場。

 

藤谷   三人、か。じゃあ私はちょっとロバートに会ってくるから、君は。

団員2 あ、すみません。わたしもダメなんです。

藤谷   え?

団員2 実は今夜、田舎から親戚が泊まりに来るんですよ。だから明日もちょっと。

藤谷   あ。そう。それじゃ仕方ないね……。

団員2 明後日から頑張りますね。じゃ、お疲れ様でした。

藤谷   うん……。

 

   藤谷と哲多、二人とり残される。

 

藤谷      哲ちゃん、君だけが頼りだ。思えばこの「エスクードハンターズ」を設立した頃、真っ先に駆けつけてくれたのは君だった。

哲多   泣かないでくださいよ。

藤谷   よし、哲ちゃん、まず手分けして情報を仕入れよう。それから。

アリサの声 哲ちゃーん、何やってるのォ?

 

   間。

 

藤谷   誰だ、今の声は?(ドアに近づく)

哲多   あーあーあーあ、ちょ、ちょっと待って!

 

   アリサ、登場。

 

アリサ ねー、早く帰ろうよ。

藤谷   あれ……あの、何なんだい、君は?

アリサ 誰、この人ォ。

哲多   アリサちゃん、まあちょっとこっちに。(二人並んで)えへへ、藤谷さん、そういうことなんスよ。

藤谷   何? 知り合い?

哲多   嫌だなあ、藤谷さん。俺達は。

 

   間。

 

藤谷   え? ……え? 哲ちゃん、まさか。

哲多   (照れている)

 

   藤谷、哲多を隅に引っ張っていく。

 

藤谷   どういうことなんだ、君、いつの間に。

哲多   いや、本当はエスクード退治に専念したいんスけど、あの子がどうしても付き合ってくれって。いやあ、もてる男はつらいっスよ。

藤谷   まさか、そんな。

哲多   今日もね、四時にそこの所で待ってもらって、一緒に帰るって約束してたんスよ。

藤谷   バカな、そんなことあるはずがない!

哲多   そこまで言うことないじゃないスか。

藤谷   ごめん。でもまさか君に彼女ができるなんて、思ってもみなかったから。

アリサ ねえ。ねえってば。

哲多   あ、ごめんごめん。アリサちゃん、この人、藤谷さん。この「エスクードハンターズ」のチーフ、ほら、前話してた……。で、藤谷さん、アリサちゃんです。

藤谷   よろしく。

アリサ (無視)ね、早く帰ろう。待ちくたびれちゃった。

藤谷   ……。

アリサ それにあたし、お腹空いちゃったし、どっかで何か食べよ、ね。

哲多   うん、じゃあ俺おごるから。

アリサ ホントォ? チョーうれしー。

藤谷   ……。

哲多   じゃ、藤谷さん、そういうことで。あ、明日からは、ちゃんと出ますから。

アリサ 哲ちゃん、明日はダメ。

哲多   明日もダメです。すいません。

藤谷   ……。

アリサ 哲ちゃん、帰ろ。

哲多   うん。それじゃ、さようなら。

 

   哲多、アリサ、退場。

 

藤谷   ……まったく、どうなってるっていうんだ。あのエスクードが殺人を犯したっていう、こんな時に。私達は、「エスクードハンターズ」じゃなかったのか。

 

   間。

 

藤谷   恋人がいないのは、私だけになってしまった……。

 

   間。

 

藤谷   こうなったら、私だけでもやってやる。何が何でも動かぬ証拠を捜し出して、エスクード河野辺を逮捕してやる! たとえ一人でも……。

 

   藤谷、椅子にかけてあった上着をつかみとる。

 

藤谷   首を洗って待っていろ、エスクード!

 

   藤谷、ドアから飛び出していく。

   別の空間――「エスクードハンターズ」事務所からの帰り道――、エスクード河野辺、続いて黒猫ペセタ、登場。

   である。

 

ペセタ まったくバカにしていますわ。エスクード様を疑うなんて。

エスクード 気にするな。

ペセタ でも。

エスクード ペセタ。おまえが彼らの立場だったら、どう思う?

ペセタ あたくしは、エスクード様を疑ったりしませんわ。

エスクード 私がおまえの飼い主でなかったら? 無関係な人間だったら、私を信じることはできないだろう。

ペセタ    そんなこと、想像もできませんわ。あたくしを拾って育ててくださった方がエスクード様でなかったらなんて、考えられません。

エスクード (微笑)ところで、どうだった?

ペセタ ええ、多分あの中にはいないと……もう一度、あの紙をお見せください。

 

   エスクード河野辺、紙片を取り出し、ペセタに渡す。

 

ペセタ (匂いをかぎ)ええ、やはり、これと同じ匂いを持つ者はおりませんでしたわ。あの「エスクードハンターズ」の中には。

エスクード (紙片を受け取って)そうか。

ペセタ 何と書いてございますの?

エスクード 「指輪は一足先に頂く」……。おそらく、私がこの手紙を受け取った時にはもう盗み出し終えた後だったのだろう。そして私が現場へやってくる頃合を見計らって警察に通報する。全ては計算ずくだったというわけだ。

ペセタ 一体、何者の仕業でしょう。

エスクード 犯人はもうわかっている。

ペセタ え? 一体いつから?

エスクード 昨夜現場の様子を見た時からだ。侵入の仕方、現場の散らかり方、そして警備員の左胸を正確に撃ち抜いた銃の腕……。

ペセタ では、犯人はエスクード様のお知り合いですの?

エスクード そういうことになる。だがこの紙に書いてある字は奴のものではない。それに昨日はまだ予告状の内容が公表されていなかった。誰かが奴に情報を流したと考えるのが妥当だろう。

ペセタ 予告状の内容を知っていたのは、警察とあの「エスクードハンターズ」のメンバーだけ。とすれば、その周辺に共犯者がいるはず……なるほど、さすがエスクード様。

エスクード 私の名を汚した者を許すわけにはいかない。たとえ誰であろうとね。

ペセタ 微力ながらご協力致しますわ。

 

   エスクード河野辺、ペセタ、退場。

   舞台はまた「エスクードハンターズ」事務所へ。

   いつしか室内に差し込む光が西日に変わっている。

   ドアがノックされる。しかし事務所内には誰もいない。

   二度目のノックの後、ドアが開かれ、ロバート鈴木が登場する。

 

ロバート 藤谷。何だ、誰もいないのか。

 

   ロバート、中に入る。

   職業柄、つい室内の様子をチェックしつつ、しばしうろつく。

 

ロバート ……「静けさや壁に染み入る靴の音」。

 

              納得がいかない様子で、また少し考え込み。

 

ロバート 「留守もなく無駄足踏んだ日暮れかな」。「所在なくロバート鈴木ここにあり」……。ダメだ。最近調子悪いな。

 

   ロバート、帰ろうとドアに近づく。

   そこへドアが開き、資料を大量に抱えた藤谷が入ってくる。

 

ロバート 藤谷。

藤谷   わっ!

 

  藤谷、驚いて資料を床に落とす。

 

藤谷   な、何だ、ロバートか。おどかすなよ。

ロバート しばらく見ないうちにリアクションが大きくなったな。

藤谷   (資料を拾いながら)何でこんな所にいるんだ。

ロバート (手伝う)ドアが開いてた。不用心だな。まあ盗まれるようなものはないから心配することもないが。

藤谷   大きなお世話だ。

ロバート 何だこれは。ふーん、国立図書館に行ってたのか。こいつは貸し出し禁止じゃないのか?

藤谷   頼み込んで借りてきたんだ。

ロバート 何のために?

藤谷   何のためって、エスクードの研究に決まってるだろう。

ロバート ほう。

藤谷   それより何しに来たんだ。仕事中じゃないのか?

ロバート ゆうべの話、聞いたな。

藤谷   ああ。

ロバート どんな様子かと思って来てみたんだ。

藤谷   どんな様子って?

ロバート 落ち込んでるんじゃないかってことさ。

藤谷   落ち込む? 私がか? 何を言っているんだ。それは確かに奴が人を殺したと知った時は驚きもしたが、しかし別に私が落ち込むような理由はない。

ロバート ところがな、藤谷、どうやら犯人はエスクードじゃないらし……。

藤谷   本当か

ロバート 嘘だ。(ニヤリとして)やっぱり、な。

藤谷   人をからかうな。……やはりエスクードなのか。

ロバート 私はこの目ではっきりとあいつが逃げる姿を見たんだ。犯人でもないのに、夜中にあんな所に現れるなんておかしいじゃないか。ま、これだけでも状況証拠は十分だな。奴があの指輪を欲しがっていたことは前もってわかっていたことだし。

藤谷   ……。

ロバート 物的証拠も挙がったぞ。現場に残されていた銃弾の型が奴のものと一致した。となればまあ、犯人はエスクードに間違いないな。

藤谷   ……。

ロバート どう思う?

藤谷   何が。

ロバート エスクードがやったと思うか?

藤谷   しかし、おまえ、さっき。

ロバート おまえはこの説明で納得するのか? 私はしないな。

藤谷    というと?

ロバート エスクードに予告状の期日を破らなければならない理由があるか? 我々を油断させるつもりなら、最初から予告状など出さなければいい、そうだろう? それだけじゃない。なぜ奴は警備員を殺したのか、いや、殺さざるをえないような状況に陥ったのか。通報を受けてから出動した我々が、逃げる姿を目撃できたというのも妙な話だ。他の誰かならともかく、エスクード河野辺がやったにしてはまた随分とお粗末な犯行じゃないか。

藤谷   ……そうだよな。おかしいよな。

ロバート しっかりしろよ。おまえ、「エスクードハンターズ」のチーフだろう。奴のことに関しては、私なんかよりもよくわかっているはずじゃないか。本当は、奴はこの事件の犯人じゃないと思っているんだろう?

藤谷   わからないさ。何かアクシデントがあったのかも知れない。あいつだって人間だし、手元が狂うことだって。

ロバート じゃあその資料の山は何なんだ。証拠はもう十分じゃないか。過去の事件を洗い直して、何を確認するつもりだったんだ?

藤谷   私はあいつを信じているというわけじゃない。ただ、あいつに人を殺すような度胸があるとは思えないだけだ。

ロバート ……。ま、どっちでもいいか。私にはどのみちあいつを逮捕する義務がある。奴が泥棒だろうと殺人犯だろうと、そのことに変わりはない。

藤谷   相変わらずドライな奴だな。

ロバート さて、目的は果たしたことだし、そろそろ仕事に戻るか。あまり一つの事件にのめり込むと、警察やめなくてはならなくなるからな。誰かさんのように。

藤谷   さっさと行けよ。やめるんじゃなくて、やめさせられることになるぞ。

ロバート じゃあ、またな。ああそうだ、もし万が一エスクードが弁解にでも現れたら、すぐに通報しろよ。

藤谷    ああ、わかった。……ロバート。

ロバート まあ奴がこんな所にのこのこと現れることもないだろうが。

藤谷  ロバート。

ロバート  ん?

藤谷   さっき来た。

ロバート  ……何だって?

藤谷  いや、だから、さっき来たぞ、一時間ほど前に。

ロバート エスクードが?

藤谷   ああ。

ロバート ここにか?

藤谷   ああ。

ロバート 何でそれを早く言わないんだ! で、どっちへ逃げた?

藤谷   そのドアから出ていった。

ロバート まったくおまえって奴は……。

 

   ロバート鈴木、ドアから駆け出していくが、すぐに戻ってきて。

 

ロバート 「藤谷や、ああ藤谷や藤谷や」。

藤谷   何だそれは。

ロバート もうおまえには何も言う気がしないってことさ。

 

   ロバート鈴木、退場。

 

藤谷   自分こそ、川柳なんか詠んでる暇があったら捜査に専念しろよ。

 

   藤谷、再び一人になる。

   室内はもう薄暗くなってきている。

 

藤谷      エスクードが殺ったのだとしたら、何か非常事態が発生したに違いない。……もし、奴の仕業でないとしたら? しかし、だとしたら一体誰が、何のために。

 

   藤谷、机に向かって片っ端から資料に目を通し始める。

   思いの外暗くなっているのに気づき、古めかしいスタンドに明かりを灯す。

   照明がゆっくりと暗くなっていき、スタンドの明かりのみ残る。

   やがてそれも、静かに消える。

   暗転。

 

 

○公園

 

   舞台隅、闇の中ぽつりと見えるのは、黒猫ペセタ。

   体を丸め気持ち良さそうに眠っている。

   会話が途切れ途切れに聞こえてくる。

 

アリサの声 えー、で、結局それ、どうなったの?

石川の声 (咳払い)

哲多の声 うん、それがね、……(聞き取れない)。

 

   ペセタは眠ったままである。

 

アリサの声 じゃあ、一昨日来た手紙って、嘘だったんだ。

 

   ペセタ、ぴくりと反応するが、やはり眠り続ける。

 

哲多の声 そうなんだよ、本当はゆうべのはずだったのに、あいつ、約束を破ったんだ。

アリサの声 何か、チョームカつくって感じじゃないその女……。

 

   ペセタ、うるさそうに不機嫌な顔を作り、また眠りに就こうとする。

 

アリサの声 そのエスクード河野辺って人?

 

   はっと目を覚ますペセタ。照明。

   ベンチに、哲田とアリサが座っている。

   屑籠が一つ、ペセタはその陰にいる。

   石川ルパンが散歩者を装ってうろうろしており、時折咳払いをする。

   ペセタ、気配を消してベンチの後ろへ移動する。

 

哲多   そうだよね。卑怯だよね。

アリサ いい人なんじゃなかったの、エスクードって。よく雑誌とかに載ってるけど。

哲多   世間では義賊とか何とか言われてるけど所詮、泥棒は泥棒だよ。

アリサ ふうん。

 

   石川、屑籠から新聞を拾い、読みながらまた咳払いをする。

 

哲多   大体性格が悪い。いつも余裕綽々の顔して現れやがって、猫なんか連れて歩いてるし。泥棒のくせに、わざわざ俺達の所まで来て、言いたいだけ言ったらさっさと帰る。高慢ちきで悪趣味、まったくいいところなんか……。

 

   ペセタ、後ろから哲多を殴り、ベンチに身を隠す。

   哲田が辺りを見回す。

 

哲多   ???

アリサ あーあ。喉渇いたぁ。

哲多   あ、俺、何か買ってくるよ。何がいい?

アリサ 何でもいい。

哲多  じゃ、ちょっと待っててね。

 

   哲多、走り去る。

   石川ルパン、ベンチに近寄ろうとするが、ペセタを見て大慌てで離れる。

   ペセタ、ふと何かに気づいた様子で、アリサに近づく。

   その匂いにはっとして、ペセタ、走り去る。

   石川、黒猫ペセタが去って胸を撫で下ろす。

 

石川  アリサ。

アリサ あれぇ、ルパン。いたの?

石川   「いたの」じゃねえ。

アリサ 何怒ってるの?

石川  どうなんだ、うまくいってるのか。

アリサ うん、みんなすっかりエスクードがやったんだって思ってるみたい。

石川   そうかな。(新聞を差し出し)これを見ろ。

アリサ 何?

石川   わざわざアンケートまでとりやがって、あのエスクードがやっただなんて信じられねえって意見が半数以上だ。

アリサ へえー。

石川  あの女、随分と信頼が厚いらしいな。ふん、だが同じような事件が二度も三度も起これば、嫌でも奴を疑わないわけにはいかなくなるだろうぜ。

アリサ どうするの?

石川   そろそろ戻ってくるだろう。(紙片を取り出し)おまえ、あの阿呆をこの場所へ連れていけ。俺も後ろからついていく。

アリサ それで?

石川   すぐにわかる。

 

   石川ルパン、退場。

   哲多、両手に紙コップを持って登場。

 

哲多   お待たせ。

アリサ 遅ーい。

哲多   ごめん。はい、これ。

アリサ 何、これ。

哲多   ミネラルたっぷりワカメジュース。髪にいいんだって。

アリサ ……。

哲多   それともこっちの方がいい? ミックスミルク。ただの牛乳じゃないよ、山羊のミルクが三十パーセント……。

アリサ いい。やっぱ、どっちもいらない。

哲多   え、じゃあ。

 

   哲多、両方を口に含み、シャッフルして飲む。

 

哲多   あー、うまい! これ、混ぜると意外にいけるんだよ。試してみてよ、ちょっと待ってね、今作るから。

 

   さらに哲多、半分になった二つのコップの中身を一つにする。

   そこへ藤谷、団員1、登場。

 

藤谷   哲ちゃん。

哲多   あ、藤谷さん。

藤谷   こんな所にいたのか。ちょっと聞きたいことがあってね。

哲多   困りますよ、今デート中なんスから。

団員1 まあまあ、すぐ終わるから。

哲多   でも。

藤谷   君は彼女と「エスクードハンターズ」と、どっちが大事なんだ。

哲多   そりゃあ……わかりましたよ、でも早いとこ済ましてください。このチャンスを逃したら、俺一生独りかも知れないんスから。頼みますよ。

藤谷   わかってるよ。

哲多   アリサちゃん、ちょっとだけ待っててね。(二人に)手短にお願いします。

団員1 哲ちゃん、一昨日予告状が来たこと、その日のうちに誰かに話した?

哲多   話しました。

団員1 誰に?

哲多   家族っスよ、あと他にも何人かに。それがどうかしたんスか?

藤谷   内容も話したのか?

哲多   話した人と、そうでない人と……。

藤谷   参ったな。それで、その話した相手だけど。

アリサ 哲ちゃん。まだぁ?

哲多   俺、デートが終わったら事務所行きますから。夕方になると思うけど。あ、これ、飲むんなら。(藤谷に紙コップを渡し、アリサに)ごめんごめん。

アリサ 哲ちゃん、あたし、哲ちゃんに見せたいものがあるの。

哲多   え、何?

アリサ 知りたい?

哲多  もちろん。

アリサ じゃ、ついてきて。

 

   アリサと哲多、退場。

   藤谷、コップの中身を口にし、すぐ噴き出す。

 

藤谷   不味い。

団員1 公表されてないとは言ってもけっこう知られちゃってますね。

藤谷   哲ちゃんの口の軽さを忘れてたな。

団員1 でもこれ、調べてどうするんですか。今回の事件と、何か関係が?

藤谷   ん? いや、参考までにね。

団員1 ……?

藤谷   これで予告状の内容を知っていたのは、私と警察の一部、それに哲ちゃんの家族と……君は知らなかったんだよね。

団員1 ええ。

藤谷   それじゃ、あとは……あ、そうか、彼女、今日は出られないって言ってたな。昨日のうちに聞いておけばよかった。

団員1 マオちゃん来ないんですか?

藤谷   親戚が泊まりに来るとかで。

団員1 別にかまわないでしょう、ちょっと話を聞くぐらいなら。

藤谷   今家にいるかな。

団員1 彼女の家ならすぐ近くですよ。僕、見てきましょうか。

藤谷   じゃあこれ、ついでに下水かどこかに捨ててきてくれないか。

団員1 (コップを受け取り)あ、はい。

 

   団員1、試しに紙コップに口をつけてみる。噴き出しながら退場。

   藤谷、ベンチに腰を下ろし、手帳を取り出して何やら書き込んでいる。

   平装をし雑誌を手にしたエスクード河野辺、続いてペセタ、登場。

 

ペセタ あっ……!

 

   エスクード河野辺の合図で、ペセタ、物陰に隠れる。

 

藤谷   (人の気配に気づき)あ、座るんならどうぞ。

   

   藤谷、横にずれて席を空ける。

   エスクード河野辺、隣に座る。

   藤谷、手帳に視線を戻すが、再び頭を上げる。

 

藤谷   あの、どこかで会ったこと……。

河野辺 ……。

藤谷   ないですね。すみません。

 

   エスクード河野辺、雑誌を読み出す。

   藤谷、また手帳を見ようとするが、ふと河野辺の雑誌の記事に目を留める。

 

藤谷   あっ!

河野辺 ……?

藤谷   これ。

河野辺 何か?

藤谷   ちょっといいですか。(雑誌を奪って)「エスクード河野辺強盗殺人疑惑、徹底検証」……。

河野辺 どうかしました?

藤谷   あの、この雑誌、今日発売ですか?

河野辺 ええ。

藤谷   (再び記事に見入る)

河野辺 あの。

藤谷   あ、すみません。実は私、藤谷といって……あ、「エスクードハンターズ」、知ってます?

河野辺 知ってますよ。

藤谷   見てください、一昨日の夜の事件の特集。早いもんですね、こういう雑誌というのは。エスクード評論家の意見やら現場にいた警官へのインタビューやら。あ、「エスクードファンクラブ」のコメントだ。こいつら、我々の事務所に抗議文を放りこんでいくんですよ。あんなにかっこいい人はいないだの、おまえらなんかに捕まえられるわけがないからあきらめろだの。まったくどこがいいんですかね、あの泥棒が。どう思います?

河野辺 どう思うとは?

藤谷   いえ、だから……やっぱりかっこいいとか思うものなんですかね?

河野辺 かっこいいって、ただの泥棒でしょう。

藤谷   ただの泥棒じゃありませんよ。

河野辺 そうですか?

 

   ペセタ、先刻から藤谷の足元に落ちている紙片を拾おうとしている。

   その前足を、藤谷が偶然踏んでしまう。

 

ペセタ (悲鳴)ニャアッ!

藤谷   え? あ、おまえ!

 

   ペセタ、逃げ出す。

 

藤谷   あ、こら、待てっ。

河野辺 ……。

藤谷   見ました? あれ、ペセタですよ。エスクード河野辺の飼い猫の。

河野辺 黒猫なんて皆同じに見えますけど。

藤谷   いや間違いない。あいつ、こんな所で一体何を。

 

   藤谷、足元の紙片に気づき、拾って開く。

   団員1、登場。

 

団員1 チーフ。

藤谷   ああ、どうだった?

団員1 ダメです。呼んでも出てきませんでした。親戚連れて街にでも行ってるのかな。

藤谷   そうか、じゃあ仕方ないな。ところで、これ見てくれないか。

団員1 何ですか、これは。地図?

藤谷   ここに落ちてたんだ。ペセタが落としていったらしい。

団員1 ペセタが?

藤谷   今逃げていったんだ。すれ違わなかったかい。

団員1 いいえ。ペセタがこれを……?

藤谷   奴のものだという確信はないが。

 

   舞台隅、ペセタがこっそりと戻って様子をうかがっている。

 

団員1 僕、ここ、知ってますよ。

藤谷   知ってる?

団員1 ええ、家の近所ですから。小さい頃肝試しに入ったこともあるし。

藤谷   どんな所なんだい?

団員1  何十年も前に閉鎖された倉庫ですよ、何に使われてたか知らないけど。竹藪に囲まれてて薄暗くって、気味が悪かったなあ。確か、本当は立ち入り禁止だったはずですよ。

藤谷   ということは、人気はあまりないのかな。

団員1  ええ。これをペセタが持っていたってことは、何かあるのかも知れませんね。ここでエスクードに会うつもりかな。

藤谷   とにかく一度行ってみる価値はありそうだな。案内してくれるかい。

団員1 はい。ええと、どっちだったかな。とりあえず一度大通りに出ましょう。

 

   団員1、退場。藤谷も後に続こうとするが、河野辺に気づいて立ち止まる。

 

藤谷   あ、そうだった。これ、ずっと借りててどうもすいません。

河野辺 いいえ。

 

   エスクード河野辺、雑誌を受け取る。

   団員1、戻ってくる。

 

団員1 藤谷さん?

藤谷   ああ、ごめんごめん。さ、行こう。

団員1 あれ、あの人どこかで……。

 

   藤谷、団員1、退場。

   ペセタが姿を現す。

 

ペセタ まったく、鈍感もあそこまでいくと、張り合いがなくなりますわね。エスクード様のお隣にいて気づかないだなんて。

河野辺 彼の彼たる所以だろう。

ペセタ それにしても、やっと手紙を書いた人間がわかったというのに。お呼びにあが っている間にいなくなってしまったようですわ。

河野辺 何者だ?

ペセタ     哲多の恋人ですわ。物好きにもほどがあると思っていたら、やはり裏があったようですわね。確か、名前はアリサ。はっきりと、手紙と同じ匂いがしましたわ。

河野辺 なるほど。それなら、予告状の内容を知っていても不思議はない。

ペセタ いかがなさいますの?

河野辺 どうしたらいいと思う? 私の名を汚した者を。

ペセタ 八つ裂きにすべきだと思いますわ。エスクード様は、どのように裁くおつもりでいらっしゃいまして?

河野辺 そうだな、被告人が二人揃ったところで考えるとしよう。

ペセタ もう一人というのは誰ですの? エスクード様のお知り合いで、かつエスクード様を陥れる動機のある者なんて。

河野辺 前に話したことがあるだろう。「フロンティア」のメンバーの中に、何かと私に逆らい、私の方針に従わなかった男がいたと。

ペセタ すると、銀行員を射殺して、「フロンティア」解散のきっかけを作ったという。

河野辺 石川ルパン。

ペセタ ……では、二人の居所を突き止めなくてはなりませんわね。ああ、エスクード様、申し訳ありません。

河野辺 (ペセタを見る)

ペセタ 先程藤谷が持っていった地図、あのアリサという少女が落としていったものに違いありませんわ。重要な手がかりになったはずなのに、あたくしが声を立てたばかりに。

河野辺 (雑誌の間から紙片を取り出し)おまえの言っているのはこれのことか?

ペセタ (受け取って)……これは。いつの間に?

河野辺 彼は鈍感だ。

ペセタ すぐにこちらへ向かわれますの?

河野辺 その前に着替える。

 

   エスクード河野辺、ペセタ、退場。

 

 

○倉庫

 

   舞台隅、闇の中ぽつりと見えるのは、藤谷。

   座りながら窮屈そうに眠っている。

   会話が途切れ途切れに聞こえてくる。

 

石川の声 まったく何度飛び出していこうと思ったか。

アリサの声 だって仕方ないじゃない、……(聞き取れない)。

 

   藤谷は眠ったままである。

 

石川の声 いくら地図なくしたからって、たった十五分の道のりをどうして三時間もかけて歩かなきゃならねえんだよ。

 

   藤谷、ぴくりと反応するが、やはり眠り続ける。

 

アリサの声 だってあたし、道とかってよくわからない人だから。

石川の声 後ろから隠れてついていく俺の身にもなってみろ。行き止まりだとか言って引き返してきた時はまったくどうしようかと……おい、気が付いたみたいだぜ。

 

   藤谷、うっすらと目を開けるが、また眠りに就こうとする。

 

哲多の声 あれ……アリサちゃん。ここはどこ?

 

   はっとして目を覚ます藤谷。照明。

   石川ルパンとアリサ。哲多は縛られて座っている。

   物陰には藤谷と、まだ眠っている団員1。

 

アリサ おはよう、哲ちゃん。

石川   夜だけどな。

哲多   あの、アリサちゃん、これはどういうこと?

アリサ こういうこと。

 

   アリサ、「ウペペサンケの涙」を取り出す。

   藤谷、驚いて団員1を起こす。

 

アリサ 見せたいものがあるって言ってたでしょ。これが一つ目。

哲多   見せたいもの? ……ああ、うん。指輪?

アリサ そう。それで、この人が見せたいものの二つ目。

哲多   誰?

アリサ あたしの彼氏。

哲多   え?

アリサ だから、あたしの本命の人。かっこいいでしょ。

哲多   あの、じゃあ俺は?

石川   まだわからねえのか。おまえは利用されてただけなんだよ。

アリサ ついでに言うとね、彼が一昨日の事件の本当の犯人なの。

 

   間。

 

哲多   ええっ!

アリサ 哲ちゃん鈍感。

石川   それでも「エスクードハンターズ」か。笑わせるぜ。

哲多   じゃあ、その指輪は。

アリサ 「ウペペサンケの涙」。あたしにぴったりでしょ。

 

   団員1、藤谷の指示を受け、こっそりと退場。

 

哲多   ……。

石川   ようやく事態が飲み込めたようだな。

哲多   アリサちゃん。どうして。

アリサ だってぇ、面白そうだったんだもん。

哲多   最初から、そのつもりで俺と?

アリサ 当たり前じゃん。じゃなきゃ、哲ちゃんなんか相手にするわけないでしょ。

石川   エスクードについての情報が得られれば、誰だってよかったってことさ。運が悪かったな。

哲多   お、俺をどうする気だ?

アリサ どうするの?

石川   とりあえず死んでもらう。

 

              間。

 

哲多   ええっ!

アリサ 死んでもらってどうするの?

石川   言わなくてもわかるだろう、エスクードが殺ったことにするんだ。「エスクードハンターズ」のメンバーなら、奴に殺される理由の一つや二つ持ってるだろ、え?

哲多   な、何でそんな。

 

   石川ルパン、新聞を哲多の顔に投げつける。

 

石川   そうなれば、こんな胸糞悪い記事も書かれなくなるだろうぜ。

アリサ じゃ、あたしはまた警察に通報すればいいの?

石川   いや。こいつがいなくなれば、仲間が捜索願でも出すだろう。放っておけばいい。手紙も書かなくていいぞ。どうせエスクードは二度も同じ手では出てこねえだろうからな。

アリサ ふうん。

石川   その代わり、おまえは明日もう一度ここへ来い。

アリサ 一人で? どうして?

石川   どこかから猫を連れてくるんだ、なるべくなら黒猫がいい。

アリサ どうするの?

石川   黒い毛と足跡を残しておけ。

アリサ わかった、ペセタがここにいた証拠にするんでしょ。頭いい。

石川   その指輪も置いていくぞ。一昨日の事件も奴がやったと思わせるんだ。

アリサ えーっ、あたしにくれるんじゃないのォ?

石川   それ以外にも取ってきたのがあるじゃねえか、我慢しろ。

  

   藤谷、石川とアリサの会話の間に、哲多の近くへ隠れながら移動する。

 

藤谷   (小声で)哲ちゃん、哲ちゃん。

哲多   え?(大声で)あ、藤谷さん!

石川   何? 

藤谷   (頭を抱える)……。

石川   そこから出てこい。

藤谷   ……。

石川   今すぐ死にてえのか?

 

   物陰から藤谷、覚悟を決めて登場。

 

石川   いつからそこにいた?

藤谷   二時間と四十分ほど前からだ。

哲多   さすが藤谷さん! 犯人の行動を先読みして、ずっと様子をうかがってたんスね。

藤谷   ……まあね。

哲多   もとエリート警部は違うなあ。

藤谷   おまえの思い通りにはいかないぞ、石川ルパン。エスクードがそう何度もおまえのせこい作戦に引っかかるわけがない。

石川   てめえ、なぜ俺の名を。

藤谷   私を甘く見るなよ。「エスクードハンターズ」チーフ藤谷、エスクードに関することで知らないことはない。あいつもすでにおまえの仕業だと気づいているはず。もうおまえの作戦は読まれてるんだ。

哲多   そうだそうだ、エスクードがそんな見え透いた手にのるもんか。

石川   ちょうどいい。チーフの方が、ただの平よりよっぽど箔が付くってもんだ。

アリサ 二人とも殺すの?

石川   生かしておくと面倒なことになる。

アリサ でも、もうエスクードのせいにできないんじゃないの?

石川   バカ。そんなのは後からでっちあげりゃ、何とでもなるんだよ。

藤谷   すぐに警察が来るぞ。

石川   何?

藤谷   さっき仲間が、ロバート鈴木警部を呼びに行った。観念するんだな。

アリサ ルパン、逃げよう。

石川   待て。慌てることはねえ。こいつらの口を封じてからだ。

哲多   えっ。

 

   石川ルパン、拳銃を取り出す。

 

藤谷   ま、待て。ここはひとつ冷静に話し合おう。

石川   ここへ来なければ殺されずに済んだってのに、バカな奴だ。

藤谷   やめろ。そんなことをしても、いつかは捕まるんだぞ。

哲多   うわぁ、藤谷さん!

石川   あばよ。

 

   銃声。

石川ルパンの手から、拳銃が飛ぶ。

   エスクード河野辺、登場。

 

藤谷   エスクード!

哲多   助かった。

エスクード 一足早かったようだな。

石川   どうしてここが……。

 

   エスクード、紙片を出し、捨てる。

 

藤谷   (拾って)あ、なくなったと思ったら、いつの間に。

エスクード 久しぶりだな石川ルパン、最後に会ってからもう五年になるか。ブルドッグのホームズ君は元気か?

石川   去年ジフテリアにかかって他界した。

エスクード そうだったのか、知らなかったとはいえ悪いことを聞いた。

哲多   どういうことなんスか藤谷さん。こいつら知り合い?

藤谷   この男は、「フロンティア」のメンバーだったんだ。

哲多   フロンティアって。

藤谷   五年前までエスクードが所属していた盗賊グループの名前。

哲多   あ、思い出した。銀行員を殺して解散したって奴。

藤谷   こいつがその時銀行員二人を撃ち殺した、石川ルパンだ。しかもエスクードとは仲が悪く、事あるごとに対立していた。エスクードを陥れる動機を持ち、銃弾の型も知っている。

エスクード (紙片を出し)その上私を呼び出すことができる奴、と言えばこの男しかいない。少しは勉強したようだね。

藤谷   昨日、国立図書館で調べ尽くしたからな。見たか、「エスクードハンターズ」の実力を。

エスクード 君にしては上出来だ。

藤谷   ありがとう。

エスクード さて、石川。聞かせてもらおうか。何のためにこんなことをした?

石川   ……。

エスクード 私の名を汚すような真似を。

石川   気に入らねえんだよ。雑誌や新聞に祭り上げられて、調子にのりやがって。大体俺は昔っから、あんたのなまぬるいやり方に嫌気がさしてたんだ。

エスクード 大方そんなところだと思っていたが。

石川   おまけにあんた、今猫を飼ってるらしいじゃねえか。現場まで連れて歩ってるんだってな、新聞に載ってたぜ。

藤谷   それが何だっていうんだ?

エスクード 犬好きに猫好き、左利きに右利き、コーヒー党に紅茶党……おまえと私とでは相性が悪すぎる。それはあの頃から明白だった。「フロンティア」を解散してから、もうおまえと言い争うこともないと思っていたが。 

 

   エスクード河野辺と石川ルパン、対峙する。

 

エスクード おまえが私の存在さえ認めないというのなら仕方がない。決着をつけるとしようか。

藤谷   待て。エスクード、こいつは私が逮捕する。

エスクード 残念だが君と遊んでいる暇はない。後にしてくれないか。

藤谷   こいつはエスクード河野辺の名をかたって事件を起こした。これは「エスクードハンターズ」の管轄だ。

エスクード 悪いことは言わない。やめておいた方がいい。

藤谷   おまえ、私がどれだけあの後ろで待っていたと思ってるんだ。二時間四十分だぞ。ずっと座ってたんだぞ。この男をここまで追い詰めたのは私だ。今更横から口をはさむな。

エスクード 一度殺されかけたというのにまだ懲りていないようだね。

藤谷   バカを言うな。おまえなんかに助けてもらわなくても、私には切り抜けられる自信があったんだ。

哲多   そうだ、藤谷さんにはカンフーがあるんだからな。

藤谷   (構える)

石川   (アリサに拳銃を拾わせ)エスクード、あんたのライバルは血の気が多いな。

エスクード ライバル?

藤谷   何だ。不満そうに。

エスクード 大いに異議を唱えたいところだがそんな暇はなさそうだな。

石川   その通りだ。あんたは今ここで死ぬんだからな。

エスクード おまえに私が殺せるか?

石川   今、それを証明してやる。

 

   石川ルパン、銃口をエスクード河野辺に向ける。

 

藤谷   おい、やめろ! ここはひとつ……。

 

   エスクードもゆっくりと銃を構える。

 

藤谷   エスクード。

 

   緊迫の間。

   が、エスクード河野辺が先に腕を下ろしてしまう。

 

石川   どうした。怖気づいたか。

エスクード タイム・オーバーだ石川……。

石川   何?

 

   ロバート鈴木、登場。

 

ロバート そこまでだ、おとなしく銃を捨てろ!

藤谷   ロバート!

ロバート おっと、今日はツイてるな。強盗殺人の真犯人にエスクードまで揃っているとは。お手柄だ藤谷、今度一杯おごるぞ。

アリサ (外を見て)ルパン、警察に囲まれてる!

ロバート もう逃げ道はない。神妙にしろ。

アリサ やだぁ、あたし、逮捕なんかされたくない。ルパン!

石川   ……。

藤谷   どうだ、エスクード。私の呼んだ警察の力で、事件を解決したぞ。今回こそは私の勝ちだな。

エスクード 石川。射撃は得意でも、侵入と脱出は不得手なはずだ。私には逃げのびる自信があるが、おまえはどうかな?

石川   うるせえ!

アリサ ルパン、どうするの?

 

   隙をうかがう石川ルパン。

   石川の正面にはエスクード、後ろには藤谷が立ちふさがっている。

 

石川   ……畜生!

 

   石川、自棄になって発砲しようとする。

   そこへ突然、外から警官達の悲鳴。

 

ロバート (外に向かって)どうした。

石川   (その隙をついて)今だ、逃げるぞ!

藤谷   あっ。

アリサ 待って!

 

   石川ルパン、走り去る。アリサも続こうとする。

   が、アリサ、すぐに悲鳴を上げて近くにいる藤谷にしがみつく。

 

藤谷  え?

哲多   アリサちゃん?

 

   石川ルパンの悲鳴。続いて、大量の猫の声。

 

藤谷   何だ? ロバート、何が起こってるんだ。外にいるのは警察じゃなかったのか?

ロバート すごいことになってるぞ。

藤谷   すごいって一体……。

 

   ロバート鈴木、哲多の縄を解く。

   藤谷、アリサを離して出入り口へ近づく。

   そこへ黒猫ペセタ、登場。

 

ペセタ 外には出ない方がよろしくってよ。

哲多   ペセタ!

ペセタ  町中の猫が結集しておりますのよ。一歩でも外へ出ようものなら、八つ裂きにされても知りませんわよ。

エスクード ペセタ、また余計なことをしたな。

ペセタ 勝手なことをして申し訳ございません、エスクード様。でも、お役に立てましたでしょう?

エスクード (微笑)

哲多   (外を見て)うわあ、猫の大群! 気持ちわりぃ。

ロバート 「猫の目や無数に光る竹林の闇」……字余り。

藤谷   川柳なんか詠んでる場合か。

哲多   藤谷さん、石川の奴見えないっスけど、どうなったんスかね。

藤谷   どうなったって……。

ペセタ  もちろん八つ裂きに決まっておりますわ。エスクード様に刃向かうなんて身のほど知らずには当然の。

エスクード ペセタ。

ペセタ ……というのは冗談で、殺さないように注意はしておきましたわ。でも近くの山猫も集めましたので、どうなることやら。

 

   再度、石川ルパンの悲鳴。泣き声に近い。

 

エスクード そう言えば石川は猫アレルギーだったな。

ペセタ あたくしがいるかぎり、猫嫌いに明るい未来はございませんことよ。(と、哲多を見やる)

哲多   ……!

 

   アリサ、こっそりと逃げ出そうとする。

 

ロバート おっと、どこへ行く気だ?

アリサ ……。

ペセタ 逃げ道などありませんわよ。

哲多   アリサちゃん。

アリサ 捕まるのなんて嫌。あたし、あいつに言われてやったのよ。あたしは関係ないでしょ。逮捕されないでしょ?

ロバート そういうわけにはいかない。立派な共犯なんでね。

アリサ 嫌よ。あたし悪くないもん、ね、哲ちゃん。

哲多   ……。

アリサ 何で黙ってるのよ。助けてくれたっていいじゃない。

ロバート いい加減にしろ。おとなしく来るんだ。

アリサ どうしてあたしが怒られなきゃいけないの。逮捕なんて絶対に嫌。

エスクード では死ぬか?

アリサ ……。

エスクード 逮捕が嫌なら、他に道はない。

 

   エスクード河野辺、拳銃をアリサに向ける。

 

哲多   何するんだ。やめろ!

エスクード 少々お遊びが過ぎたようだな、お嬢さん。

アリサ いやあ、あたし、何もしてないじゃない。死にたくない。あたしは悪くない!

 

   藤谷、アリサの頬を叩く。

 

藤谷   これでもういいだろう。銃をしまえ。

エスクード もう忘れたのか、藤谷君。私は人を殺さない。

藤谷   ……。

エスクード ペセタ、猫達を帰しておいで。

ペセタ かしこまりました。

 

   ペセタ、退場。

 

アリサ 痛ぁい……。

ロバート これは取り調べにも時間がかかりそうだな。藤谷、ここは頼んだぞ。

 

   ロバート鈴木、アリサを連れて退場。

 

哲多   アリサちゃん……!

 

   哲多、追って退場。

   エスクード河野辺と藤谷、二人残る。

 

エスクード 証拠は見つかったかな?

藤谷   証拠?

エスクード 私が犯人だという証拠だよ。必ず捜し出して、私を逮捕するのではなかったか?

藤谷   ……。

エスクード それを見つけるためにここへ来たのでは?

藤谷   あるわけないだろう、証拠なんて。犯人は石川ルパンだ。そんなことは昨日からわかってた。

エスクード おや、それは失礼。

藤谷   おまえ、信じてないな

エスクード そんなふうに聞こえたか?

藤谷   本当に知ってたんだぞ。あのアリサって子のことだって、哲ちゃんにガールフレンドができるなんておかしいと思ってたんだ。それにここに来たのも……。

エスクード わかった、信じるよ。しかし、君はなぜ私を信じた?

藤谷   え?

エスクード なぜ私が犯人でないと。

藤谷   それは、おまえがエスクード河野辺だからだ。

エスクード ……。

藤谷   それぐらいのこともわからずに「エスクードハンターズ」のチーフが名乗れるか。

エスクード (微笑)

 

   エスクード河野辺、指輪を藤谷に差し出す。

   藤谷、それを受け取って。

 

藤谷   ……「ウペペサンケの涙」!

エスクード 次こそは私がその指輪を頂く。せいぜい今のうちから、厳重に警備しておくことだ。

藤谷   いいだろう、その時こそおまえを逮捕してやる。

エスクード その台詞は聞き飽きたな。二年間で、そう、十六回は聞いたか。

藤谷   今度こそ、絶対にだ!

エスクード 楽しみにしているよ。

 

   ペセタ、戻ってくる。

 

エスクード また改めて予告状を送ろう。チョコレート煎餅を付けてね。

藤谷   二十四枚入りでな。

エスクード  もちろんわかっているよ。ただ売り切れていたらあきらめてもらうしかない、何しろ二十四枚入りは人気があるのでね。

藤谷    何、そうなのか……。いや、しかし、おまえなら何とかできるはずだ。

エスクード  この私にチョコレート煎餅を盗めと言うのか?  かつては警部と呼ばれていた男の口から、そんな言葉を聞くとはね。

藤谷    ロバートには言うなよ。

エスクード  (笑う)

藤谷    (笑う)

ペセタ ……。

エスクード どうかしたか。

ペセタ いいえ。猫達を帰して参りましたわ。

エスクード そうか、それでは我々も行くとしよう。

藤谷   待て。さっきの私の言葉、忘れるんじゃないぞ。

エスクード 肝に銘じたよ。必ず二十四枚入りを手に入れる。

藤谷   もっと前の話だ。

エスクード  もっと前?

藤谷    だから、今度こそ絶対におまえを……。

エスクード ああ、十七回目の寝言のことか。

藤谷   何だと!(カンフーの構え)

エスクード また会おう、「エスクードハンター」。

藤谷   あ、こらっ。

 

   エスクード河野辺、ペセタ、退場。

 

藤谷   寝言とは何だエスクード、十七回目の誓いだ、その言葉今に後悔させてやるぞ!

 

   団員1、泣いている哲多を慰めながら登場。

 

団員1 何一人で叫んでるんですか、チーフ。

藤谷   あ、いや。

哲多   ふ、ふ、ふ、藤谷さん。俺、俺……。

藤谷   哲ちゃん、泣くな。またエスクード退治に専念しようじゃないか。

哲多   はい。俺、もう女はこりごりっスよ。藤谷さん、カンフーのトレーニング、頑張りましょうね。

藤谷   ああ。次の事件までにマスターしよう。

団員1 まだやる気なんですか。

藤谷   もちろん。今回は残念ながら訓練の成果を発揮するチャンスがなかったが、今度はそうはいかない。是非とも私達三人で迎え討つんだ。

団員1  え、僕も?

哲多   うおー、燃えてきた!(構えて)アチョーォ!

藤谷    (構えて)ホォォーッ!

団員1  ……。

藤谷      さあ、一緒に。

哲多    ィヤアーッ!

藤谷    キェエー!

 

   と、そこへロバート鈴木、戻ってくる。

 

ロバート  何やってるんだ、藤谷。

藤谷     見てわからないか?

ロバート  わかるかっ。

哲多    カンフーっス。

ロバート  またおまえは変なもんに凝って……。え?

藤谷    え?

ロバート  まさか。

 

      倉庫内を見回し、駆け回るロバート。

 

ロバート  (頭を抱える)

藤谷   どうしたんだロバート。

ロバート どうしたもこうしたもあるか! エスクードはどこへ行った、エスクードは。

藤谷   どこへって……どこかへ。

ロバート ……。で、おまえは何をやってたんだ。

藤谷  (構えて)見ればわかるだろう。

哲多  カンフーっス。

藤谷   次の事件までには必ず体得して奴を捕まえてやろうと、三人で決意を新たにしてたところだ。なあ。

団員1  え、僕は別に。

哲多   ええ、今度こそは逃がしませんよ。何たってカンフーっスから。

ロバート おまえたちの頭の中には現行犯逮捕しかないのか! まったく、おまえがいるからといって油断した私がバカだった。

藤谷   まあロバート。

ロバート ……「藤谷や」。

藤谷   ん?

警官の声 警部、向こうに怪しい人影が!

ロバート (指輪を引ったくり)「藤谷やもうおまえには頼まない」!

 

   ロバート鈴木、勢いよく駆け出していく。

   そこへちょうど団員2登場、ぶつかりそうになって慌てて避ける。

   手には菓子の缶を抱えている。

 

団員2             わっ!  ああ、びっくりした、何なの?

団員1 マオちゃん!

藤谷   君も来てくれたのか。

団員2 あ、チーフ。ごめんなさい、わたし今日、こんなことになるとわかってたら。

団員1 よくここがわかったね。

団員2  それは、これだけの騒ぎだもの。そんなことよりチーフ、これ!(封筒を差し出す)

藤谷   これは?

団員2  親戚を見送りに行った帰りに、誰かいるかと思って事務所に寄ったんです。そ したら机の上に。

団員1 それってまさか。

藤谷   予告状だ。

哲多   エスクードからっスか? こんなに早く?

団員1 やっぱり「ウペペサンケの涙」を?

藤谷   「親愛なる『エスクードハンターズ』の諸君へ」。

エスクード 親愛なる「エスクードハンターズ」の諸君へ。

藤谷   「十七番目の」……。

エスクード 十七番目の警告――。

 

   藤谷、顔を上げる。

   別の空間――逃げ道のどこかの地点――のエスクード河野辺の姿が見える。

 

団員1  仕切り直しってとこですかね。

藤谷  他人に横取りされて黙ってるような奴じゃない。「ウペペサンケの涙」を手に入れるまでは、十七回目の事件は終わらないというわけだ。そうだな。

団員2 そうそう、それよ。

団員1 それって?

団員2 叔父さんに聞いたら何なのかわかったの。

哲多  え、何がスか。

団員2 ウペペサンケ。

藤谷   だがおまえの思い通りにはさせないぞ。「ウペペサンケの涙」は我が「エスクードハンターズ」が全力をもって守りきる。そして、必ずおまえを逮捕してみせる。今度こそ、本当の十七回目の事件だ。

 

      エスクードが微笑している。

 

団員2  あ、その前に。(藤谷に缶を差し出し)チーフ、はいこれ。予告状と一緒に置いてありました。

団員1 チョコレート煎餅?

団員2 二十四枚入りですよ。

藤谷   ……エスクードの奴、何だかんだ言って、もう買ってあったんじゃないか。

団員1 何の話ですか。

藤谷   ん、別に、何でもないんだ。

哲多   いやあ、ちょうど腹減ってたんスよ。一枚頂きます。

 

   エスクードの傍らにペセタ、登場。

 

ペセタ  エスクード様?

 

エスクード河野辺、退場。ペセタ、不思議そうにそれを見送る。

   団員達はいつの間にかチョコレート煎餅の取り合いになっている。

 

藤谷   山分けなんて、そんなバカな。

団員2 平等でいいじゃないですか。

藤谷   私はこの前のをペセタのおかげで食べ損ねたんだぞ。

団員1 それを言うなら僕なんて一枚も食べてないですよ。

藤谷   そんなに一遍に取るな!(缶を取り上げる)

哲多   (缶の角が頭にぶつかって)あ痛ッ!

団員達  あっ! 

哲多    いってー……。

団員1  大丈夫ですか。

藤谷    (煎餅をチェックし)ああ、何とか無事みたいだ。

哲多    ちょっと、俺のことも心配してくださいよ。

団員2 ねえ聞いて聞いて、ウペペサンケって実は……。

 

     騒ぎ続ける「エスクードハンターズ」と、まるでそれを見通しているかのように、呆れ顔をするペセタの姿。

 

 

―― 幕 ――