Break Down T.V.作・二条千河

 

<登場人物>

演劇部長兼生徒会長(高山)

生徒会副会長(小森)

書記(竹田)

演劇部員@(アユミ)

演劇部員A(ミサ)

四〇番(?)

 

<時>

 現代

 

<場所>

 高校の生徒会室

 

 

 

○1

 

朝の生徒会室――。白板やロッカーや古びたワープロやラジカセ、その他雑多なものが並んでいる。

書記、登場。

 

書記  おはようございます……。

 

書記、他に誰もいないことを確認すると、何かを探して室内をうろつきまわる。カップ麺の器やセーラー服や受験参考書、その他不審なものが多々転がっているが、書記は目もくれない。やがて見つけたものは、一冊のノート。

 

書記  あった……!

 

                   中を確認し、ほっとした様子でカバンに入れる。

                   ――と、室内のどこからか、物音がする。

 

書記  ……?

 

                   振り返るが誰もいない。

                   また、物音。今度は別の物陰から。

                   書記、恐る恐る様子をうかがう。同じ所から、前よりはっきりと聞き取れる音。

                   書記の手が、音源を隠している物に伸びる……。

                   そこへ、副会長登場。

 

副会長 おはよ。

書記  (驚いて)わあっ。

副会長 わっ、何だよ。

書記  あ、せ、せ、先輩。こ、こ、こ。

副会長 落ち着け。まあ落ち着け。

書記  ここ、何かいます。

副会長 何かって?

書記  ネズミか、ネコか、ウサギか、キツネかクマかわからないけどとにかく何かいます。

副会長 クマは出ないだろ、ここ生徒会室。

書記  でも何かいるんです、そこ……。音が。

 

                   副会長、部屋の隅に歩み寄る。何も物音はしない。

 

書記  まさか噂の……。

副会長 何。

書記  この部屋、出るって言うじゃないですか。夜、学校の近くを通りがかった子が、窓から女の人の影を見たって話。

副会長 朝だよ。

書記  朝でも出る時は出るんですよ。

副会長 ……竹田。

書記  はい。

 

                   副会長、ふと一着のセーラー服を発見し、拾う。

 

書記  え、な、何ですか、それ。うちの学校の……。

副会長 ……鍵、開いてた?

書記  え?

副会長 ここ、来たら鍵開いてた?

書記  え、あ、はい。もう誰か来てるのかと思ったけど入ったら誰も。

副会長 (ため息)

書記  何でこんなところに制服が? まさかここで、誰か、殺され……。

副会長 竹田。高校の生徒会室で火曜サスペンス劇場はありえない。

書記  じゃあ……。

 

                   副会長、携帯電話を取り出す。

 

書記  一一〇番?

副会長 (耳に当てつつ)あいつだよ。

書記  あいつ?

副会長 高山。

 

                   室内のどこかから微かに着信音が鳴る。

 

書記  あ、そうか、まずは生徒会長に報告ですよね。なるほど。(ノートにメモ)

副会長 シッ。

 

                   着信音が途絶える。

                   副会長、音のしていた部屋の一角へ歩み寄る。

                   と、まったく別の所から、突然ジャージ姿の部員@が姿を現す。

 

部員@ ごめんなさい! 悪いとは思ったわ、でも仕方なかったの。

書記  (驚いて)え、だ、誰?

副会長 ノーメイクだけどその声はアユミだな。

書記  アユミさん……? 三年生ですか。(ひとまずメモ)

部員@ ごめんね小森ちゃん。生徒会で朝の打ち合わせ、するんでしょう。すぐ出て行くわ。でも一つお願いがあるの、わたしがここにいたことは誰にも言わないで。

副会長 アユミ、まさか昨日ここに泊まったの。

書記  え? 泊まった?

部員@ ごめんなさい。

書記  え、ど、どういうことなんですか。

部員@ 何でもないの……。

副会長 何でもないわけがないだろ。

書記  ホントにここに泊まったんですか? どうして。

部員@ ……聞いてくれる?

書記  ええ。

部員@ 昨日、学校の帰りに、偶然、ホントに久しぶりの友達に会ったの。

書記  昨日、学校の帰りに。(メモをとっている)

部員@ それでつい時間を忘れてお喋りしてたら、家の門限を破っちゃって。

書記  門限。

部員@ うち、平日は六時までに帰らなきゃいけないのね。

書記  めちゃくちゃ早いじゃないですか。

部員@ そう思うでしょ。しかも、遅れたって言ったってほんの五、六分よ。それなのにうちのお父さん、いきなり顔を殴ってきて、「おまえは家の決まりも守れないのか、そんなやつはうちの子じゃない、出てけ」って。

書記  ひどい。

部員@ わたし悔しくて、そのまま家を飛び出してきたの。

副会長 それで。

部員@ でもどこへ行ったらいいのか、友達に迷惑はかけたくないし、考えているうちに、学校まで戻って来ちゃって。

書記  そうだったんですか。

副会長 なるほど、そりゃ大変だ。ところでアユミ。あんたの家、お父さん単身赴任じゃなかったっけ。

 

                   間。

                   部員A、突然姿を現す。@とは色違いのジャージ。

 

部員A もういいんです先輩!

書記  わっ。

部員@ ミサ。

部員A わたしなんです、小森先輩。わたしがいけないんです。

副会長 そのジャージは一年生だな。

書記  (メモ)ミサさん、一年生。

部員A 家出して行き場がなくって、学校に泊まろうって言い出したのは、ホントはわたしなんです。先輩はわたしに付き合ってくれただけなんです。

書記  じゃ、門限破ってお父さんに殴られたっていうのは……。

部員A わたしです。責めるならわたしを責めてください。先生に報告してもかまいません。でも、先輩は、先輩だけは見逃してあげてください。これで先輩に大学推薦の話が来なくなったりしたら、わたし。

部員@ 何言ってるのミサ。わたしのことはいいのよ。

部員A お願いします。

部員@ ミサ。

書記  言いませんよ、誰にも。

部員A 本当ですか!

書記  そんな事情だったら、ねえ、先輩。

副会長 竹田。

書記  はい。

副会長 (叩く)

書記  イタッ。何するんですか。

副会長 何でもかんでも真に受けるな。こいつらを何者だと思ってるんだよ。

書記  え?

副会長 見たことないか、この顔。学校祭で生徒会饅頭の売り子やってただろ。ほら、やたら声でかくて浮いてたのが三人いて、これ、そのうちの二人。

書記  ……それじゃ、ひょっとしてこの人たち。

副会長 ひょっとしなくたって他にいないだろ。アユミ、あいつはどこ。

部員@ え、あいつって誰のこと? わからない。

副会長 こんなしょうもないことを思いつくやつなんて、学校中探したって一人しかいない。あんたたち演劇部の部長――生徒会長でもあるはずのね。

 

                   副会長、部屋を見回しながら、もう一度電話をかける。

                   室内から着信音。

                   部員@、A、書記、様子を見守っている。

                   着信音が途絶える。画面を確認して、副会長、電話を耳に当てる。

 

副会長 高山。この部屋にいるのはわかってんだよ。

部長の声 さすがは我が照日高校生徒会副会長、小森トモエ。それでこそ私も安心して部活に打ち込めるってものだ。しかし君が副会長なら私も生徒会長、そうやすやすと見つかりはしない。探し出せるものなら探し出してみたまえ。

 

                   副会長、物をどける。そこにはパジャマ姿の演劇部長。

 

部長  キャーッ。

副会長 きゃーじゃないっ。

部長  エッチ。

書記  高山先輩、何でパジャマなんですか?

部長  (ポーズ)

副会長 いいからさっさと出てこいよ。

部長  こんなにも簡単に見つけだすとは、さすがは我が生徒会の副会長……。

副会長 丸聞こえなんだよ。あんた声でかいんだから。

部員@ いいなー、声大きいって。わたしも言われてみたい。

部長  発声練習を頑張りなさい。

副会長 誉めてないっての。

部員A 部長。わたし、早すぎたでしょうか、出るタイミング。

部長  んー、いや、あんなもんじゃない。たださ、最初の一声が肝心だから。ちゃんと声を前に出すようにして。

部員A はい。

部員@ わたしは?

部長  アユミはね、何て言うんだろ。こう、ただ喋ってるだけなのね、会話のキャッチボールが出来てないわけさ。

副会長 ちょっとそこのちっちゃいの。

部長  ちっちゃくないよ。

副会長 ちっちゃいよどう見ても。

部長  うるさい。帰れ。(部員@に)あとね、あそこ。言葉に詰まったとこあったでしょ、ミサが出てくる前。困った顔しちゃだめね。

副会長 聞けよ。

部長  何よ。

副会長 ここで何やってんだよ。

部長  見てわからない?

書記  合宿ですか。

部長  ほら、書記の竹ちゃんにわかって、何で副会長のあんたがわかんないの。

副会長 何で生徒会室で合宿してるんだって聞いてるんだよ。

部長  大切なのは目的であって場所は問題じゃない。

副会長 大問題だよ。完璧に校則違反だろ。あんた生徒会長のくせに……。

部長  そろそろ着替えよう、HRに遅れる。

部員@A はい。

副会長 だから聞けって。

部長  だから何よ。

副会長 生徒会室にはクラスのことも部活のことも一切持ち込まないって約束だろ。

部長  うるさい。文句あるならうちの部入れ。

副会長 何の関係があるんだよ。

部長  はい、入部届。(と、差し出す)

副会長 だから何で演劇部なんか入らなきゃいけないんだよ。

部長  なんか?

部員A なんか?

部員@ ひどーい。

部長  (挙手)はい、小森さん。それは差別だと思います。

副会長 別にあんたが好きでやってることに口出しする気はないけど、ここで合宿だの演技指導だのは筋違いだろ。

部長  じゃあどこでやれと?

副会長 部室があるだろ。

部長  部室? はっ! 使わせてくれるんですか、あの部屋。そいつはけっこう。

書記  先輩。演劇部の活動場所は今……。

副会長 何。

書記  来週の球技大会に使う道具の物置場に。

部員A 部室! ああ、わたしたちの部室。壁にも床にもわたしたちの汗と涙が染み通った、愛と憎しみのうずまく部屋。夏はウーロン茶さえも腐り、冬は息を吸うたびに肺胞が凍り付くという、伝説の異空間。それが今は……もっと押さえ気味の方がいいでしょうか。

部長  うん、そうだね。

部員A それが今は球技大会なんて軽薄なお祭り騒ぎのために……ああっ。(泣)

副会長 だから芝居はよそでやれよって。

部長  だからそう言うなら場所をくれよって。

副会長 外でやればいいじゃない。部室が使えない時はいつもそうしてただろ。

部長  外ね……。

部員@ 外はまずいよね。

副会長 何で。

部員@ うん、この前ね、外で声出ししてたら、そこの向かいの家の窓がガラッて開いてね。ちょっと、うるさいからやめてくれないかって。

部員A そんな穏やかな言い方じゃなかったですけどね。

部員@ オロナミンCの空き瓶が飛んできたの。

部長  そう、それも明らかにわたしの顔狙って。

部員@ 一番声大きいもんね。

部長  だけどそれくらいは大したことないよ。そんなことよりも、外でやってて何が一番つらいかって。

書記  何ですか。(メモを取っている)

部長  発声練習を始めた途端に、どこかの家から赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた時……。

部員@ あー、あれね。

部員A 別の意味でつらかったですよね。

部長  思わず逃げ出したもんね。三人して一目散に。

副会長 どこに行っても人に迷惑かけずにいられないんだね、あんたたちは。

部長  それと言うのも、人数が少ないからって差別されて、まともな活動場所を確保できないこの状況のせいだ。ということで、演劇部に入ってください。(入部届を差し出す)

副会長 (破る)

演劇部 あーっ。

副会長 竹田、もういいや、うちらだけで打ち合わせやろう。

 

                   演劇部、紙片をかき集めている。

 

書記  あの、今の話なんですけど。

部長  え! 竹ちゃん、入ってくれるの?

書記  は?

部長  やったぞみんな、ついに念願の二年生ゲットだ。

部員@ 一緒に頑張ろうね。

部員A 竹田先輩。いえ、次期部長とお呼びします。

書記  いえ、わたしは。

部長  君は運がいい。他に二年生がいない今、入部すれば確実に次期部長の座は君のものだ。さ、ここにサインを。さあ。

書記  でも、あの、演劇部って、休部になったんじゃなかったですか? 先月の評議会で、確か。

 

                   演劇部三人、凍りつく。

 

副会長 ああ、そうだ。人数少なくて活動できないからって、顧問に見放されて休部になったんじゃない。場所なんか要らないじゃん。

部長  ……寒い。寒いよう。

部員A 部長、しっかりしてください!

部員@ 寝ちゃだめ。寝ちゃだめよ。

副会長 どうせならこのまま廃部にしてさ、生徒会の仕事に専念すれば。こっちも人不足なんだから。

部員@ それはないよ小森ちゃん。

副会長 何で。だって今年になってから一度も発表してないんだろ、劇。劇をやらない劇部なんかあっても意味ないじゃん。

部長  意味がない?

副会長 ん?

部長  意味がないだと? 黙って聞いてれば、この前の学校祭で芝居が出来なかったのは一体誰のせいだと……。(怒りのあまり卒倒する)

部員A 部長!

部員@ しっかりして。

副会長 キモイよあんたたち。

部員A あんまりですよ小森先輩。そりゃ、確かにうちの部はここしばらく芝居をやってません。というかわたしは入部してから一度もステージに立たせてもらってません。でも本当は先月の学校祭で立てるはずだったんです。あの饅頭売りの仕事さえ入らなければ。

副会長 そいつが引き受けたんだよ。文句があるならそっちに言えよ。

部長  「高山ァ、ちょっと生徒会で売る饅頭の売り子が二、三人足りないんだよね、演劇部員なら声もでかいし羞恥心もないしちょうどいいから貸してよ、その代わり、売り上げの半分は部費に使っていいからさ」。貧乏人の足元を見やがって。

副会長 二週間前なのに三人で出来る台本が見つかってないって言うから、気を利かして雇ってやったのに。

部長  みんなごめん、わたしが間違ってた。いくら金がないからって、学校祭という公演のチャンスを捨てるなんて、わたしどうかしてたよ。ごめん、ミサ、せっかくの舞台デビューだったのに。

部員A いいんです部長、わたし気にしてません。

部員@ そうだよ。総合文化大会までに活動再開できるように、みんなで頑張ろうよ。

部長  ありがとう。(泣)

部員A 大会ではいい役をくださいね。

部長  任しといて、三役ぐらいはやらせてあげるから。というかやってもらわないとキャスト足りない。

 

                   間。

演劇部三人、笑う。

 

副会長 ……目安箱、とってくるわ。

書記  あ、はい。

部長  OK、じゃ上がろう。教室行く前にちゃんと着替えて、HRに遅れないように。

部員@A はい。

部長  放課後何か用事ある人。

部員A 掃除当番で十分くらい遅れます。

部長  わたしは数学の講習で一時間。アユミは?

 

                   副会長、戻ってきて、書記とともに目安箱の中身を確認する。

 

部員@ ごめん、今日は学校終わったらすぐ家帰らないと。

部長  くくく。

部員@ 何。

部長  スッピン。

部員@ ひどーい笑わないでよ。

部員A でも先輩、肌きれいですよね。

部長  はい関係ない話やめて。お疲れさまでした。

部員@A お疲れさまでした。

 

                   部員@、A、荷物を物陰から引っぱり出す。

 

書記  ……一応、先生に言った方がいいんじゃないですか。

副会長 いや、別にそこまでしなくてもさ。

部長  何、竹ちゃん、何の話。

書記  目安箱です。そこの廊下に置いてある。

部員A 部長。十秒で取れる朝御飯です。

部長  ありがと。(書記に)誰か、何か入れてくれたの?

 

                   部員@、A、和気あいあいと退場。

                   部長、食べながら目安箱の中の紙を見始める。

 

副会長 ……よくそんな普通の顔して話に入ってこられるよな。

部長  何で?(食べながら)いや、これ十秒は無理だわ。

書記  また何も書いてないんです。真っ白。

部長  うん。(紙を見ている)

書記  どう思います?

部長  シャーペンの芯が切れてたんじゃない。

書記  そういうことじゃなくて。

副会長 ただのイタズラだろ。無言電話みたいなもんだよ、気にすることないって。

書記  でも、ここのところ毎日ですよ。何か気味が悪くって。ただでさえ変な噂があるのに。

部長  ああ、コレ(幽霊)出るっていう。(着替え始める)

副会長 じゃ、何、花子さんの仕業だとか言うわけ?

書記  そうは言わないけど。でも最近何かこの生徒会室、変なんです。朝来たらそこの白板に書いた字が消えてたり、椅子の向きが変わってたり、さっき入ってきた時なんか、変な匂いが立ちこめてました。

副会長 どんな。

書記  どんなって、うーん、カップラーメンみたいな。

 

                   副会長、部屋の隅に転がったカップ麺の容器を見やる。

 

部長  なるほど。つまり、夕方みんなが帰ってから朝までの間に、何者かがこの生徒会室に侵入し、カップ麺を食ったり備品にいたずらをした形跡があるというわけだ。

書記  そうなんです。

部長  鍵を締めているのに。

書記  はい。

部長  ミステリーだね。

副会長 どこがどうミステリーなんだ。

部長  え、何で。ミステリーじゃん。鍵締まってるんだよ。密室だよ。

書記  おまえ鍵持ってるだろ。

部長  (鍵を出し)はい、OK、問題解決。解散。

副会長 おいちょっと待て。

部長  お疲れさまでーす。

副会長 まさか今日もここに泊まるつもりじゃないだろうな。

部長  (口笛)

副会長 答えないなら生活指導のピンクネクタイに全部バラすぞ。

部長  小森!

副会長 何だよ。

部長  みっちゃんLOVE。

副会長 ……は?

書記  あっ……。

部長  せんだみつおのファンサイトに「みっちゃんLOVE」ってハンドルネームでカキコしてるんだって?

副会長 な、何を、ばかなこと……。

部長  違った、竹ちゃん?

書記  え、い、いいえ、わたし知りません!

部長  みっちゃんLOVE。いやー、キモイ。

副会長 ……。

部長  大丈夫。誰にも言わないから。

 

                   部長、余裕の笑みで退場。副会長と書記、残される。

 

書記  あ、わ、わたしもそろそろ教室行かなくちゃ。

副会長 竹田。

書記  ごめんなさい。

副会長 誰にも言わないって……。

書記  言ってません、信じてください。高山先輩が勝手にわたしのノートを見たんですよ。

副会長 ノート?

書記  ごめんなさいっ。

副会長 ……。(手を差し出す)

書記  つい、ついいつものくせで。わたしどうしても、聞いたことは書き留めておかないと気が済まなくて。

副会長 ……。

書記  ……。(ノートを渡す)

 

                   副会長、ノートを開く。書記、逃げるように去ろうとする。

 

副会長 あいつ……。

書記  (立ち止まり)え?

副会長 何か変だと思わない?

書記  高山先輩ですか? いつもあんな感じだと思いますけど。

副会長 それはそうなんだけど。

書記  ……?

副会長 (ノートを見せ)新しいの、買いな。

書記  ……はい。

 

                   書記、退場。

 

副会長 (ノートを読む)「体育の中野先生、夏休み、クラゲに刺されて溺れかかった」「高山先輩が昨日、ポテトチップスジンギスカン味をお湯につけるとラムしゃぶの味がするという噂を試してみた。結果は失敗」くだらない……。「数学、今度の試験範囲は広くなるから要注意」「シマダ先輩に彼女ができた、他校の生徒、美人らしい」「小森先輩、図書室のパソコンで、せんだみつおの公式ホームページにカキコ。ハンドルネームは」――。

 

                   副会長、そのページを破る。

 

副会長 「一年生に、入学してから一度も学校に来てない女の子がいるらしい」。

 

チャイムの音。副会長、退場。生徒会室が暗くなる。

                   二人の人影(部長・部員A)、テレビを重そうに運びこんでくる。

                   後ろ向きに置き、スイッチを入れると、砂嵐の音。

                   画面の明かりに照らされて、机に向かっている人影(四〇番)が浮かび上がる。

 

○2

 

                   翌朝の生徒会室――。

                   副会長、目安箱を抱えた書記を引き連れて登場。

                   室内は、特に変わった様子はないように見える。

 

副会長 高山。

 

                   反応はない。副会長、携帯電話を取り出し、かける。

                   しかし室内から音はしない。

 

書記  (ほっとして)今朝はいないみたいですね。

副会長 ここにいないはずがない。

書記  どうして。

副会長 昨日の夜、あいつの家に電話してみた。でもいなかった。

書記  ……?

副会長 一回帰ってきて、すぐまた出かけたんだって。友達の家に泊まるって。親も親だ、何でそのまま許すかね。

書記  ちょっと待ってください。それじゃ、もし、ここにいなかったら……?

副会長 ……。

 

                   着信音。副会長、携帯電話を見て、はっとする。

 

副会長 (出て)高山? あんた今どこにいるの。

部長の声 わからない、昨日夜道を歩いてたら、突然後ろから誰かに口を押さえられて、車に乗せられて目隠しを……。

 

                   副会長、部屋の隅へ行って物をどける。

                   そこには部長がいる。もちろんパジャマ姿。

 

書記  先輩! 無事だったんですね。

副会長 マナーモードにしてやがったな……。

部長  アハハハ。一瞬いないんじゃないかって思ったでしょ。残念でした。

副会長 燃やす。

書記  先輩、落ち着いてください。

部長  そうそう、落ち着いて、お茶でもどうよ。ミサ、お客様にお茶。

副会長 ここはおまえんちじゃないだろ。

部長  ……ミサッ。

 

                   どこかで物音。部員A、頭を押さえて姿を現す。

 

部員A はい、イタタ、おはようございます。

部長  はい、寝坊しない。人前に出る前に髪ぐらい梳かしておく。役者である以前に、女としてそれくらいは気をつけようぜ。

部員A はい。すみません。

部長  お茶をお淹れして。

部員A はい、ただ今。

 

                   部員A、ポットを取り出しお茶を入れる。

 

書記  先輩、明らかに、生活設備が増えてます。

副会長 おまえらここに住む気だな。

部長  そんなばかな、アハハ――。

副会長 笑えないよ。

部員A 粗茶ですが。

書記  あ、どうも。……あれ。

副会長 何。

書記  あれ、何ですか。昨日からありましたっけ?

 

                   書記、部屋の一角に、布を被された物体を発見する。

                   その視線を追って、副会長が歩み寄る。

                   と、部長、副会長の前に立ちはだかる。

                  

部長  見たければわたしを倒してからにし――。

 

                   副会長、部長をひょいとどかす。

 

部長  (泣)

書記  何ですか?

 

                   副会長が布を取ると、小型のテレビが現れる。

 

副会長 ……。

書記  ……。テレビ?

部長  テレビだよ。見ての通り。

副会長 何でこんなとこにテレビがあるんだよ。――あ、やめろ、言うな、もう何も聞きたくない。

書記  映るんですか、これ?

部長  映るよ。すっごく見づらいけど。

部員A 目がチカチカしましたね。昨日は。(髪を結いながら)

部長  何言ってるかもよく聞こえないし。

書記  ……何のために持ってきたんですか。

部長  さあ。

書記  さあって。

部員A 捨ててあったんですよ、そこの坂の向こうにある橋のところに。

部長  そうそう、段ボールの中でミャーミャー鳴いて震えててさ。

書記  テレビが?

副会長 竹田……。

書記  信じてませんよ。いくらわたしでも。

部長  小さく見えるけど、二人で運んだらけっこう重かったよね。

部員A 夜中だったからよかったけど、人いたら恥ずかしかったでしょうねえ。

副会長 夜中の方がよっぽど怪しいだろ。

部長  ま、そういうわけだからよろしく。

副会長 どういうわけだよ。全然話がつながってないよ。

部長  やれやれ。

副会長 おまえが呆れるな。

 

                   ノックの音。振り返る一同。

                   メイク済みの部員@、登場。

 

部員@ おはようございまーす。部長

部長  アユミ、ケバイ。

部員@ ウソ、ひどーい。

部員A かわいいですよ先輩。

部員@ ありがとミサ。何か髪型変だよ。

部長  サイテー。

部員@ え、何が。

部長  ミサがかわいいって言ってるのに、髪変だよだって。

部員@ あ、ごめん、ミサ、怒った?

部員A いいえ……。(直している)

部員@ 差し入れ持ってきたよ。

部長  おっ、やったー。やっぱり日本人は米だね米。

 

                   部員@が部長に差し出したおにぎりを、副会長が取り上げる。

 

部長  あっ。

副会長 生徒会に関係のないやつは出て行け。

部員@ 小森ちゃんもほしい? たくさんあるからいいよ、あげる。

副会長 要らないよ。(突き返し)とにかく出て行け。

部員@ ひどーい。せっかく作ったのに。

部長  アユミ、後でいいわ。小森、マジで怒ってる。

副会長 今頃気づくな。

部長  休み時間にA組までもらいに行くわ。

部員@ でも朝御飯だよ。

部長  いいからいいから。ミサももう行きな。教室入る前にちゃんと着替えてね。

部員A はい。

部長  放課後のことは、後で連絡します。それじゃ、お疲れさまでした。

部員@A お疲れさまでした。

 

                   部員@、A、出ていこうとするが、@がふと立ち止まって。

 

部員@ 来た?

部長  (頷く)

部員@ そっか。……あれ、何それ、テレビ?

部長  今気づいたの?

部員@ どうしたの。家から持ってきたの?

部長  ミサに聞いて。

部員A 重くて大変だったんですよ。

部員@ え、どういうこと。

 

                   部員@、A、話しながら退場。

                   副会長、目安箱の中身を机の上に出す。

 

副会長 (白紙を突きつけ)あんたたちの仕業だな。

部長  ……。

副会長 竹田。最初にこういうのが入れられたのはいつだった?

書記  ええと、学校祭が終わってしばらくしたあたりだから……。

副会長 演劇部が休部になったのは。

書記  それも学校祭の後……。え、何ですか。じゃあ、高山先輩が、何も書いてない紙を目安箱に入れたって言うんですか。休部になった腹いせに?

部長  書いてあるよ。

書記  え?

部長  書いてあるじゃない、ちゃんと。見えないの?

副会長 何言ってるんだよ、どこにも何も書いてないよ。

書記  あ。

副会長 何。

書記  (白紙を見せて)よく見たら、ここに何か、書いた跡が。これは……「十」? いや、「4」かな。数字の4。その横は、えーと。

 

                   書記、鉛筆で薄く塗り、文字を浮き出させる。

 

書記  40……。C。1。「1‐C‐40」。

副会長 (書記から受け取って、見る)

書記  (過去の白紙を出して)こっちもだ。これ全部、同じところに書いてあります。「1‐C‐40」って。

副会長 これは何。どういう意味?

部長  そのままじゃないの、一年C組四〇番。

書記  他にも何か書いてあるけど、筆圧が弱くて読めません。

部長  ミステリーだね。

副会長 自分が書いたんだろ。

部長  わたしは三年B組十六番。

副会長 高山。

部長  ……。

副会長 あんたどうしたんだよ。そりゃ元からおかしいやつとは思ってたけど、それにしても最近はホント異常だよ。学校に泊まり込んだり、ガラクタ拾ってきたり、かと思えば目安箱にこんなイタズラして。どういうつもり。

部長  ……。

書記  先輩、何かあったんですか。やっぱり、演劇部が休部になったことが。

副会長 それだけで壊れるほど、ヤワな神経してないだろ。

書記  高山先輩。

部長  ……隠しても無駄、か。実は。

書記  はい。

部長  昨日門限破ってお父さんに殴られちゃった。

副会長 (机を叩く)

書記  いい加減に冗談はやめてください。

部長  あーあ、机壊れるよ。

副会長 おまえ一体何がしたいわけ。何の意味があるんだよ。

部長  意味って何よ? そんなもんあるわけないじゃない、わたしのすることに。

副会長 開き直りやがったな……。

部長  じゃあ何、あんたたちは普段、何か意味あることをしてるつもりなの。たとえば何? 生徒会活動?(目安箱を取り)こんなもんに何の意味がある?

書記  何を言ってるんですか。先輩が設置するって決めたんじゃないですか。みんなが楽しめるような学校にするために、生徒の声を少しでも拾いたいって。

部長  届かないんだよ。あの子の声は。

書記  あの子って?

部長  一年C組四〇番。

副会長 誰なんだよ。四〇番って。

書記  一年C組。一年C組って確か。

副会長 何。

書記  思い出した。不登校の女の子がいるってクラスじゃないですか。

副会長 え?

書記  入学式の後、一度も学校に来てないって。理由はわからないけど、中学校でいろいろあったらしいって……。四〇番って、ひょっとしてその子の出席番号じゃ。

部長  そう、つまり、これはわたしじゃないってこと。わたしは三年B組十六番。この三年間、一度も休んだことなんかないし、熱出てるのに来たことだってあるんだから。二人とも知ってるでしょ。そんなわたしが、不登校なわけないじゃん。

副会長 そんなことわかってるよ。あたしが聞いてるのは……。

部長  学校にいる時間は、誰よりも長いはずだよ。生徒会長で、演劇部部長で、受験生で、やることなんかいくらでもある。それはそれは忙しい、充実した高校生活。だけど、……ねえ、ホントにそうなの? わたしは毎日学校に来て、何をしてるの。全校生徒のために働く生徒会? 学校祭だって球技大会だって、みんな勝手に楽しんでるよ、わたしらが何もしなくたって。もうすぐ引退だってのに、部活は休部になるし。受験勉強なんて、入試が終わったら全部忘れるに決まってる。だったら、わたしの忙しい毎日って何なの? どんなに疲れて帰っても、夜寝る前、布団に入って一日を振り返ったら、何も残ってないんだよ。電気を消した部屋の中と同じで、何も見えない、何も。それでどうしてじっと寝ていられるっていうの? そりゃ、夜中に家抜け出してここに来て、何か変わるわけじゃない、そんなのはわかってる。だけど……。

 

                   沈黙。

 

書記  先輩……。先輩がそんなに悩んでるなんて、わたし全然。

部長  ……くくく。

書記  先輩?

部長  アハハ、本気にしてやんの。アハハハ。

書記  (呆れて)先輩……。

副会長 ……鍵出せ。

部長  (引き笑い)

副会長 鍵出せ。もうおまえに持たせておけない。わたしと竹田で管理する。出せ。

部長  やだ。

副会長 出さないなら全部バラす。休部が廃部になるよ、それでもいいの。

部長  みっちゃんLOVE。

副会長 だからどうした。言いたければ言え。あたしはみっちゃんLOVEだよ、悪いか。

書記  先輩落ち着いて。

副会長 そうだよ。あたしはせんだみつおのファンだよ。何が悪い、あたしはせんだみつおが好きだ。みっちゃん最高! ナハナハ。

書記  先輩!

部長  ナハナハ。

書記  対抗しないでください。

副会長 ナハナハナハ。

部長  ナハナハナハナハ。

副会長 ナハナハナハナハナハ。

部長  ナハ……。

 

                   部長、降参して鍵を出す。

 

書記  どういう勝負なんですか。

副会長 竹田。(鍵を持たせ)絶対こいつには触らせるなよ。

書記  え。

副会長 もし触らせたら……。

書記  は、はい、わかりました。

 

                   副会長、部長を威嚇して退場。

 

部長  さすがはみっちゃんLOVEを名乗るだけあるわ。アイーンだったら勝てたのに。

書記  何だか生徒会にいるのが怖くなってきました……。

部長  (アイーンをやっている)

書記  あのう、先輩、そろそろ出てもらえませんか。鍵、締めるんで。

部長  あ、そう。じゃ着替えるわ。

書記  お願いします。

 

                   部長、着替え始める。黙って待っている書記。

 

部長  今日は書かないの。

書記  え?

部長  ノート。いつも書いてるのに。

書記  あ……ノートは、昨日、小森先輩に。

部長  没収?

書記  新しいノート、買い忘れて。

部長  意味あるの。

書記  え?

部長  何かあるたびにいちいちメモしてるけどさ、あれ、意味あるの。後で何か役に立ったりする?

書記  ……。

 

                   部長、着替え終わって荷物をまとめる。

 

書記  意味はないかも知れないけど。でも書かずにいられないんです。

部長  あ、そう。

書記  一日が終わって、その日書いたページを見て、たくさん書いてあったら、ああ今日は頑張ったなって気がしてくるんです……。

部長  じゃ、意味あるんじゃない。(出ていこうとする)

書記  先輩。

部長  ああ、その辺のもの、後で片づけるわ。テレビはちょっと待ってくれないかな。球技大会が終わったらちゃんと部室に運ぶから。何かの舞台セットで使えるかも知れないし。いつか、活動再開した時に。

書記  どこまで読んだんですか。

部長  え?

書記  あのノート。

部長  ああ、あれ。いや、ちらっと覗いてみただけだから、内容ほとんど覚えてないよ。

書記  本当ですか!

 

                   部長、にやりと笑って、楽しそうに歩いていく。

 

書記  え、まさか、先輩……!

 

                   書記、部長を追う。

                   部長、突然立ち止まる。

 

部長  じゃあ、今日はまだ何も頑張ってないってことか。

書記  え?

部長  (振り向いて)今日、夜、空いてる?

 

                   チャイムの音。

 

○3

 

                   その日の夜。闇の中に数人の人影。

 

部長  意味のないもの――。(懐中電灯を顔に当て)磯野波平の頭のてっぺんに一本だけ立っている髪の毛。

 

                   部長、光を部員@に向ける。

 

部員@ えーと、鉛筆持ってない時の消しゴム。

 

以後、光を当てられた人が順に「意味のないもの」を挙げていく。

 

部員A イチゴのないショートケーキ。

書記  え、えーと……。

部長  パス?

書記  あ、はい。

部員A パスは三回までですよ。

部長  甘い。パスは一回まで。次出なかったら即、入部。

書記  そんな。

部長  (Aに光を当てる)

部員A え、またわたし……ええと、球技大会の最後にやる長縄飛び。

部員@ え、あれは意味あるよ。

部員A 何でですか。球技大会でしょう。何で長縄なんですか。

部長  ミサ、声でかい。

部員@ 一度やってみたらわかるよ。楽しいから。

部長  はい、じゃ別のもの。

部員A それじゃ、数学の某S先生の微妙にズレてるカツラ。

 

                   一同、声をひそめて笑う。

 

部長  OK、OK。はい、じゃ、次。

部員@ カタカナの「リ」と「ヘ」。

部長  え?

部員@ 「リ」と「ヘ」。カタカナの。

部長  ああ。ひらがなとほとんど変わらない。

書記  なるほど。

部長  深いなあ、アユミ。はい次……竹ちゃん行ける?

書記  あ、はい。

部長  (光を当てる)

書記  えっと、劇を演じない演劇部。

 

間。

乾いた笑い声が起こり、止まる。部長、懐中電灯を消す。

 

部長  見回り?

部員A いいえ……まだのはずですよ。

部長  気のせいか。(懐中電灯をつけ)はい続き。

部員A はい、えーと。ミリオネアの「みのだめ」。

部員@ (言おうとする)

部長  (急に光の向きを変え)と見せかけてわたし。マッサージ機使いすぎて腰痛になったうちの母親。

部員@ 千歳空港で買える東京名物人形焼き。

書記  うーん。

部長  お、ギブか? ギブか?

部員A 次期部長決定ですね?

書記  あ。はい、映らないテレビ。

部長  ……映ることは映るってば。見づらいけど。

 

部長、テレビをライトで照らす。テレビは舞台中央に、客席に背を向けて置かれている。

                   書記の手の中に小さな明かりが点る。携帯電話の着信ランプ。

 

書記  (見て)小森先輩です。

部長  ほらね。起きてると思ったんだ。

書記  (出る)先輩。メール読んでくれました? あれ? 先輩? もしもーし。

 

                   突然部屋の明かりがつく。室内には、演劇部員と、ノートを持った書記。

                   机の上に目安箱が置いてある。

                   副会長、登場。

 

全員  あっ……。

副会長 竹田、おまえまで何やって――。

書記  あ、先輩、シッ。

 

                   部長と部員Aが副会長を取り押さえる。

 

部長  アユミ、電気。

部員@ はいっ。

 

                   部員@が、電気を消しに入り口の方へ走り、不意に立ち止まる。

 

部員@ 部長。

 

                   四〇番、登場。

 

副会長 え……?

部長  こんばんは。今日も会えたね。

 

                   部員@、電気を消す。

 

副会長 え? 何、今の誰。

部長  シッ。だめだって。……アユミ?

部員@ ちょっと待って……ううん、大丈夫みたい。

 

                   部長、懐中電灯をつけて副会長を照らす。

 

部長  大丈夫。これ、うちの生徒会の副会長。(書記を照らし)こっち、書記ね。

 

                   四〇番、軽く会釈をして通り過ぎる。

 

部長  (副会長に)何やってんだよ。

副会長 こっちのセリフだよ。竹田、そこにいるの?(テレビにつまずいて)いてっ。

部長  だから音を出すなってば。

書記  ここです、先輩。

副会長 何なの、これどういうこと。

書記  わたしもよくわかりません。

副会長 高山。

 

                   四〇番、机に向かう。荷物から筆記用具を出し、紙に何か書き始める。

                   部長、その手元を照らしている。

 

部員@ あの子がそうなの。

書記  え?

部員@ 一年C組四〇番。

副会長 四〇番? ずっと学校に来てないって……。

部員A 来てたんです。みんながいない時間に、毎日来てたんです。

書記  毎日?

部員@ わたしたちも、つい最近知ったの。ミサが気づいたのよね、最初。あれは……。

部員A 学校祭の後片付けの日です。生徒会の饅頭の売り上げがどうしても合わなくって、遅くなったでしょう。高山先輩がもう一度数えてみるから帰っていいよって言ってくれて、それでアユミ先輩と外に出たら、もう真っ暗で。校門のそばに誰かが立ってるのが見えたんです。最初は別に気にしてなかったけど、すれ違う時、どこかで見た顔だなって……。わたし、C組だから。入学式の時、あの子の隣だったんです。

 

                   四〇番、紙を目安箱に入れる。

 

部長  ご意見ありがとう。我々生徒会役員が責任を持って、今後の学校づくりに役立てさせてもらいます。

四〇番 ……。

 

                   四〇番、目安箱を持って立ち上がる。

 

部長  あ、いいよ、わたし戻してくるから。

 

四〇番、首を振り、黙って廊下へ出ていく。

 

副会長 ……で、その四〇番が、どうしてここにいるんだよ。

部長  わたしが連れてきた。ミサから話聞いて。

部員@ ここまで来るようになるまで大変だったのよ。

書記  連れてきて、何をしてるんですか。

部員@ カンユウよ。

書記  カンユウ?

部員A でも部長は生徒会長だから、来たついでに目安箱に学校への要望を入れてもらおうって。

書記  じゃあ、ここのところ毎日、あの白紙を入れてたのって。

部員@ やだ、白紙じゃないでしょ。ちゃんと書いてくれてるのよ。読み取れないだけ。

部員A 芯が入ってないんですよね、あの人のシャーペン。新しいのを貸そうとしても使ってくれないんです。だから何を書いているのか、何を伝えたいのかまるでわからなくって。

部長  芯のないシャーペン、読めない手紙、夜中だけ高校に通う高校生。竹ちゃん、ほら、いくらでもあるじゃない。意味のないもの……。

 

                   四〇番、戻ってくる。

 

部長  戻してきてくれた? ありがとう。

 

四〇番、部屋を横切る途中、ふとテレビの前で立ち止まる。

 

部長  そうそう。それね、昨日より映りがマシになったんだよ。つけてみる?

部員@ みる!

部長  この時間、何かやってるかな。

部員A やっててもつまらないのばっかりじゃないですか、深夜番組なんて。

部長  え、たまにいいのもあるよ、カウントダウンTVとか、わたし好きだよ。……でもあれがあるのは、明日か。

 

                   部長、コードを差してスイッチを押す。

                   不安定な光が、四〇番を中心とする一同を照らす。

 

四〇番 ……。

副会長 ……。

書記  これ……映ってるって言うんですか?

部長  映ってるじゃん。線がたくさん動いて。

書記  全然内容わからないじゃないですか。

部長  でもこれ、人がアップになったりするとわかるよ。ねえ。

部員A ええ。(部員@に)画面の三分の一が黒で、残りが肌色になるんです。

部長  見てな。そのうちなるから。

 

                   一同、じっと画面を見つめる。やがて、声を殺して笑う。

 

部長  ほら、これこれ。

部員@ ホントだ。変。

書記  でも確かに、人の顔だってことはわかりますね。

部長  でしょ?

部員@ アメーバみたい。うにょーんって。あはは。

部長  シッ。声、大きい。

部員@ え、ホント?

部長  今のは誉め言葉じゃないよ。

部員A 部長。今。

部長  え。

部員A ちょっと笑いました……。

 

                   全員、四〇番に注目する。しかし四〇番は無表情。

 

部長  (部員Aを見る)

部員A (頷く)

部長  あ、そうだそうだ、言うの忘れてた。このテレビは演劇部のものなんだよね。

書記  え?

部長  だからさ、部外者は見ちゃいけないわけ。

部員@ でももう見ちゃってるわけだから――。

部長  演劇部に入ってください。

副会長 ちょっと高山。

 

                   部長、入部届を四〇番に差し出す。

 

部長  ここんとこに、サインするだけで、このテレビ見放題。おまけに今入れば、部長か副部長の座は間違いなし。なぜなら今、一年生はミサしかいないから。

部員A わたしを独りにしないで。

部員@ 一緒に頑張ろうよ。

副会長 高山、それは、いくら何でも。

部長  舞台に立つのが嫌だったら、裏方でもいいし。大道具を手伝ってくれるだけでもいいから。実は今、わたしら休部中でさ。引退までに活動再開できるかどうか、瀬戸際なんだよね。

四〇番 ……。

部長  ま、今日すぐでなくてもいいから。考えといてよ。(持たせる)

 

                   四〇番、帰り支度を始める。

 

部長  帰るの?

 

                   一同、四〇番の動きを見守る。

                   四〇番は何事もないように支度を調え、退場しようとする。

 

部長  明日。

四〇番 (立ち止まる)

部長  わたしたち、明日の夜にまた来るから。

副会長 高山。

部長  カウントダウンTV見よう。このテレビで、一緒に。

四〇番 ……。

 

                   四〇番、退場。

 

書記  どうして話してくれなかったんですか。

部長  何を?

書記  あの子のための合宿だったんでしょ?

部長  わたしたちはただ、あの子を演劇部に勧誘してただけだよ。

書記  だけど、不登校なんでしょう。入部させたって……。

部長  だから言ってるじゃない。

 

                   部長、テレビの前にしゃがみ込む。

 

部長  わたしのやることに意味なんかないって。

副会長 ……。

 

                   部長、テレビを消す。

 

○4

 

                   翌朝の生徒会室。

                   部長、一枚の写真を手に座っている。

                   副会長、目安箱を持って登場、座る。

 

部長  今日、朝の打ち合わせ中止じゃなかったっけ。

副会長 他の二人は。

部長  帰したよ。あの後すぐ。やばいでしょいい加減に。

副会長 自分はどうなんだよ。

部長  ……。

副会長 別に泊まる必要はなかっただろ。

部長  まあね。でも下手に帰ろうとするとかえって見つかる危険性が。

副会長 見つからないよ、そんなちっちゃい体して。

部長  ちっちゃくないよ。

副会長 ちっちゃいよ。

部長  帰れ。

副会長 おまえが帰れよ。

 

                   部長、写真を副会長に差し出す。

 

部長  入学式の集合写真。

副会長 (受け取り)1Cの?

部長  さすが、この部屋は探せば何でもあるもんだ。(欠伸)ふわーあ。

 

                   書記、駆け込んでくる。

 

書記  おはようございます。

副会長 おはよ。怒られなかった?

書記  もうカンカン。

部長  そりゃそうだ、年頃の娘が午前様だもん。

副会長 おまえが呼び出したんだろ。

書記  今日帰ったらまた説教の続きですよ。あーあ、わたし今日ここに泊まっちゃおうかなあ。

副会長 竹田。

書記  冗談ですよ。……ノート、ありませんでした?

 

部長、机の上を指し示す。

副会長がノートを手に取り、開く。

 

副会長 何も書いてないじゃない。(と、渡す)

書記  昨日、何かバタバタしてたから。

副会長 (目安箱の中から紙を出し)もう要らないじゃん。

書記  いいんです。先輩こそ何読んでるんですか。

副会長 目安箱に入れられた手紙はどんな内容でも目を通すのが決まりだろ。

書記  見せてもらっていいですか。(受け取り)あの子、学校、来られるようになるのかな。

副会長 さあね。四月からずっと来てないんじゃ、どっちみち進級はキツイだろうし。

書記  でもそれじゃ、高山先輩たちのしてることって、何にもならないじゃないですか。

部長  ……。

副会長 別に、何かになる必要もないんじゃないの。

 

                   部員@、A、登場。

 

部員A 部長! おはようございます。

部員@ 差し入れー。

部長  だめだめ二人とも、ここ生徒会役員以外立入禁止よ。(と言いつつ迎え入れる)

副会長 言葉と行動が一致してないよ。

部員A (声をひそめて)先輩わたし今日の夜は……。

部長  いいからいいから。

部員A すみません。

部員@ でも部長、一人じゃ。

部長  大丈夫だって。

部員A 明日の朝、差し入れ持ってきますから。

部員@ バレないように気をつけてね。

部長  任して。

副会長 丸聞こえだよ……。

書記  あれ、何か、もう一枚入ってる。

 

                   書記、目安箱の中から一枚の紙を取り出し、開く。

 

書記 ……先輩。

 

                   書記、部長に紙を渡す。

 

部員@ あーっ。

部員A 入部届じゃないですか。

部員@ 昨日、帰りがけにそのまま入れていったのね。

部員A でも、サインは……。

 

                   部長、食い入るように紙を見ているが、やがて笑い出す。

 

副会長 高山。

部長 (見せて)一年C組、四〇番。

 

全員で紙を回し合い、芯のないシャーペンで書かれたサインを代わる代わる確認する。

                   最後に副会長の手に渡ったところで、チャイムが鳴る。

                   笑いながら部員@、A、退場。

                   書記もノートを胸に退場。

                   副会長、入部届を部長に返し、出口へと歩き出す……。

                   と、部長がテレビをつけているのに気づいて、立ち止まる。

                   画面は相変わらず見づらい様子。

 

部長  何とか見られるようにならないかな、これ。

副会長 無理だろ、それは。

部長  叩いたら直ったり。

副会長 しないしない。

部長  賭ける?

副会長 何を。

部長  直ったら即、入部。

副会長 しない。

部長  よし、決まり。

副会長 おいこら。

                  

                   部長、空手のように構えて、テレビの前に立つ。

 

副会長 ……。

部長  意味ないかな?

副会長 ない、と、あたしは思う。けど……。

 

                   部長、テレビを叩く。が、何も変わった様子はない。

                  

部長  ……ハハ。

 

           部長、副会長と顔を見合わせ、電源を切ろうとする。

           ――が、その手をふと止める。

           副会長も一度歩き出しかけて立ち止まる。

 

           舞台奥に、くっきりと浮かび上がる英字。

           Break Down T.V.

――幕――

 

 

※この話はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。